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「権助魚」は3月4日にお披露目です

 投稿者:小宮孝泰  投稿日:2015年 3月 1日(日)16時11分34秒
編集済
  昨日、春風亭昇太さんに落語「権助魚」の稽古をつけてもらいました。
新居のご自宅の稽古場は落語風情がたっぷり。天井板から、小机、床の間に飾ってある置き物まで、亡くなった昭和の名人たちの香りがしました。
もちろん柳昇師匠の写真も飾ってあります。
そこで、贅沢にも差し向かいの稽古です。一所懸命練習していたので、思ったよりスムーズに喋れました。それでもプロの目からはダメ出しが幾つもありました。
人物の動きや配置、旦那と奥様の所作の違いを直してもらいました。
私が一番感心したのは、終盤の権助の心情を落語ロジックできちんと説明してくれたことです。私は口先だけで、はしゃぎ過ぎていました。何にでも基礎と理屈があるのです。
稽古が終わったら、「一杯やりますか?」と声をかけられたので二つ返事で2階の居間へ。
その道中の部屋は昭和30年代のレトロモダンな、いかにも昇太さんが好きそうな造りやインテリアでした。
そしてダイニングに入ると、何とそこは和風スナックのキッチンカウンター様式になっていて、客用のイスが数脚、まるで夜の開店をした店のように待っていてくれました。
すかさず昇太さんが、あれこれ酒の肴を用意してくれました。私はビール、昇太さんは日本酒で乾杯です。つまり、「夜タモリ」みたいな状態で小さな酒宴です。
まあ、昇太さんが宮沢りえには見えませんでしたけど(^0^)
昇太さんの次の打ち合わせ時間まで約2時間、落語や映画、よもやま話で盛り上がりましたよ。
昇太さんの出演している映画「不思議な岬の物語」のことも色々聞きました。これ落語ファンだったら垂涎の時間と考えてもいいでしょう。

そんな風に稽古をつけてもらった「権助魚」は、今週3月4日(水)夜7時15分から、
亀戸文化センター6階和室の桂九雀さんの落語会のゲスト出演でネタ下し披露します。
まだお席は有りますよ。料金は\2,000。是非どうぞ!
私の出番は7時半過ぎでしょう。
 
 

春一番が吹いたようでして

 投稿者:小宮孝泰  投稿日:2015年 2月22日(日)21時16分0秒
  またまた書き込みが滞りました。ご容赦ください。
BS-NHKのドラマの撮影を終えまして、現在は色んな監督のワークショップに顔を出したりしています。
中で1本、とても私の柄ではないから無理だと思って気楽に臨んだ外国映画のオーディションがありまして、なんと最終候補まで残っているようです。これはもちろん、全編英語の映画です。
捕らぬ狸の皮算用になるのもなんですので話はこの辺にしておきますが、まあ張り切って冬の蟻の如く準備を進めています。
落語の新ネタも「権助魚」を稽古しています。来週はある噺家さんに稽古をつけてもらう予定です。
そろそろ春の到来ですので、皆様の春一番の書き込みをお待ちしております!
 

ラジオドラマのお知らせ

 投稿者:小宮孝泰  投稿日:2015年 2月 5日(木)18時49分58秒
  私が出演したラジオドラマの放送のお知らせです。
昨日、NHKでラジオドラマを収録しました。意外にも、これが初めての私のラジオドラマ出演だと思います。
シェアハウスならぬ、シワハウスに住んでいるお年寄りのお仲間の物語の、そのまたスピンオフのお話です。今回は、若い男女とお年寄りが絡んで昔話に花が咲くという設定です。
私は、初恋の相手に会いに東京にやってきたお爺ちゃん。お相手は重田千穂子さん。若い男は、春風亭昇太さんの弟子の昇々さん。お孫世代の女の子は、ホリプロの真凛さんです。
放送予定は、2月11日(水・祝)の夜10時15分~11時、NHKラジオ第一放送です。
コント55号時代からの大先輩作家である元木すみおさんの脚本も面白く、私もアドリブなんかも随所に入れて盛り上げました。なかなか楽しい作品になっていると思います。是非聞いてみて下さい。
 

遅ればせながら、心よりのお悔やみを申し上げます

 投稿者:Kinuyo  投稿日:2015年 1月21日(水)17時29分23秒
  石井光三社長ご逝去の報、つい先程知りました。
現在私自身も病を得て手術を受けたばかりの身で、世に疎くなっており、そこに石井光三社長の訃報で驚くばかりです。
札幌に住む身では、直にお目にかかったことと云えば、もう20年以上も前のコント赤信号札幌公演のみのことになります。
当時札幌にも本多劇場があり、そこでのお芝居だったと記憶しています。
確か、受付の奥で椅子に掛けられており、
私の目に映った社長は、テレビでのパワフルな方ではなく、はにかんだような、人見知りをしているようなイメージでした。
それは私自身がおどおどしていたせいなのかもしれませんが…
でも、その直後、営業の姿に変わり、浪花の商人の手早さでサインつきのポスターを売っていただきましたっけ。
渋谷にあった石井光三オフィスに『おのぼりさん』をしたときは持参した土産に、ニコっと笑って会釈をしてくださいました。
そんな懐かしい、コント赤信号との思いでのなかで、この先も石井光三社長の笑顔は輝いています。
素敵なコント赤信号を育てていただき感謝しています。
どうかこれからも見守っていてください。
こんないちフアンが口に出来る言葉ではないかもしれませんが…
石井光三社長、お疲れさまでした。
どうぞゆっくりお休みください。

小宮さん、心よりのお悔やみを申し上げます。  
 

お礼

 投稿者:小宮孝泰  投稿日:2015年 1月18日(日)12時51分45秒
  皆様、石井光三社長へのお言葉ありがとうございます。
社長が色々な方に慕われていたのだと偲ばれます。
詳しいレスは、また後ほど。誠に有難うございます。
 

お悔やみ申し上げます

 投稿者:ガルシア  投稿日:2015年 1月17日(土)09時08分47秒
  石井さんのエネルギッシュな仕事ぶりと優しさは今でも忘れません。
素晴らしいコント赤信号を育てて頂きありがとう御座います。
合掌 

http://www3.plala.or.jp/GARUSHIA/

 

石井光三社長

 投稿者:nanasuke  投稿日:2015年 1月15日(木)22時06分59秒
  石井光三社長のご訃報に接しこころよりお悔やみ申し上げます。

わたしが石井光三社長を意識して初めて拝見したのは「ひょうきん族」だったように思います。
一度見たら忘れられない、人懐っこそうで、かつ「強そう」なお姿と、一度聞いたら忘れられないあのお声での「しゃちょー!」
小宮さんのおっしゃる「したたかな計算」、改めて石井光三社長のことを思い出すと、そうかもしれないな、と気づかされます。
お姿もお声もインパクトがありますものね。
それでいてそのインパクトは「型」がはっきりしていて、思い出した記憶の中の石井光三像にブレがありません。
誰かが石井光三社長のモノマネをすると多くの方が、「石井光三のモノマネしてるな」ってわかるようなそういう強い「型」。はっきり長く記憶に残る気がします。

小宮さんが所属されていた事務所の社長さんとして、一方的に親近感を抱いていたのはもちろんですが、役者としての石井光三さんも好きでした。
宇津井健さんが主演されていた車椅子の水島弁護士シリーズでの、石井光三さんが好きでした。

何年前になるでしょう。
石井社長が泥棒か何かの被害にあわれたことがありました。
ちょうどその頃、わたし自身鬱々とした気持ちを抱えた時期だったのですが、「小宮さんの事務所の、あの石井光三社長はあんな被害にあってもがんばっていらっしゃるんだ。自分もなんとか乗り切ろう」
と自分自身、変な奮い立たせ方をさせていただいたことを思い出します。本当に変な理屈ですが(笑)

それと勝手な親近感の理由がもうひとつ。
わたしが大学生の頃、大学近くの歯科でひどい治療をうけたことがあります。
何年か前、ふとその歯科のことを思い出して、「あそこまだ続けていやがるんだろうか?」と歯科医院の名前をインターネットで検索したことがありました。
そのときこの歯科医院で「石井光三社長に遭遇した」という書き込み(?)を見かけ、あのひどい歯科を受診したお仲間なんだ、と勝手に親近感を抱いていました。

そうそう、先ほどわたしの鬱のことに触れましたが、鬱のときにぎやかだったり騒がしかったりするのが苦手だったのですが、石井社長の声は不思議と不快でなく、むしろここちよかったのを思い出しました。あくまで個人的な感覚ですが。
きっとわたしの波長に合う方だったのかなと失礼かもしれませんが思っています。

とても残念です。

石井光三社長の御魂がやすらかでありますように。
 

寂寥

 投稿者:エミー  投稿日:2015年 1月15日(木)21時50分15秒
  石井光三さんの御逝去、謹んでお悔やみ申し上げます。
私が、初めてライブで観た星屑の会公演の時、本多劇場で、劇場を後にする際に、お会いしました。
『おおきに!ありがとう!』と握手してもらいました。
星屑の会を初めて劇場で観劇したので、芝居の感動の後、石井光三さんと握手出来て、ものすごく嬉しかった思い出があります。
そして、忘れもしない2010年3月のNHKドラマ「まいど238号」 。日本放送作家協会大賞を受賞したドラマなので、ワクワクして観ました。そのドラマに石井光三さんが、寝たきり老人の役で、一言も台詞無く、オムツを代えてもらっていました。ドラマも素晴らしかったですし、ワンポイントで、印象的な石井光三さんの芝居に驚きました。
私の小さな思い出です。
 

訃報です

 投稿者:小宮孝泰  投稿日:2015年 1月15日(木)00時10分58秒
編集済
  新聞やテレビ、ネット上の情報で皆様ご存じだとは思いますが。
私たちコント赤信号の育ての親である、石井光三社長が亡くなりました。
1月6日、享年83歳でした。
葬儀は家族や身内の者、石井オフィスのスタッフや所属タレントのみの密葬でした。
ただ、私とリーダー渡辺正行だけが事務所を離れた者として特例で参列いたしました。
数年前から首の骨を痛めて療養中なのは知っていましたから、ある覚悟はできていましたが、さすがに私たちにとっても一つの時代が確実に終わった感がしました。
私も数件の取材を受けましたが、下記はあるテレビ局に私が送ったコメントです。

※ ※ ※
石井光三社長は私にとって、実父、師匠・杉平助と共に、3人目の父親のような存在でした。
劇団を卒業し、ストリップ劇場で修行していた若造の私たちコント赤信号に、芸能界での行動規範を基礎から教えてくれました。
疲れを知らないあのエネルギーには驚きと尊敬の言葉しかありません。
正直言って、素の石井社長を見たことは、長い付き合いの間に今まで一度もありません。石井社長にとって全ての行動は、芸能界を生き抜く良い意味での“演技”でした。あの超人技の真似は難しいです。
お弁当が大好きな一面も、大声でがさつそうに見せている一面も、全部したたかな計算だと見抜いていたのは身内だけかもしれません。
若い頃は役者をやっていて、信じられないかも知れませんがとても二枚目でした。
まさに、男の顔は人生で作られていたのです。本当にお世話になりました。
現在、石井オフィスを離れている私としては、ご冥福を祈るばかりです。
※ ※

死因は胆管癌とのことでしたが、自宅で家族に看取られながら苦しまずに静かに息を引き取ったそうです。それが何よりでした。
本当にお世話になりました。石井光三社長ありがとうございました。

もし皆様の中で、石井光三社長の思い出がある方は書き込んでいただけると良い供養になるかと思います。
 

迎春

 投稿者:nanasuke  投稿日:2015年 1月 5日(月)22時50分58秒
  小宮さん、みなさま、あけましておめでとうございます。

昨年も小宮さんのお芝居や演技からいろいろなことを教えていただいたような気がしています。
今年もたくさん吸収させていただきたいです。歳を重ねてきたせいか、すぐに乾いてしまうので(笑)

ようやく、今日年末のドラマと元日のコント拝見できました!
明日から出勤なので、今日は母に頼んでテレビとレコーダーを使わせてもらいました。お休みの日は、母が駅伝やフィギュアスケートどっぷりと録画して観ているので、一日譲ってもらったのです。

2時間ドラマ、久しぶりに観ました。
重いテーマでしたが、とても見ごたえのあるドラマでした。
小宮さんの役も、闇世界の住人というか橋渡しというか、狂気というよりも目の前に障害があるからただ消すだけというような、そういう不気味さと恐さをもった人物のように感じました。クルミでしょうか、生き死にに無頓着なようでいて、「生きる」ことに前向きな「食べる」「かじる」ことをクセのようにしているように感じ、小宮さんの演じた「土岐」のいる空間だけ別の世界のオーラみたいなものを感じました。

転じて、元日特番では出番が始まると同時に弾けるように飛び出していらしてみずみずしい印象をもちました。
キュウリをなかなか出せなかったというリーダーへの「そんなもん見ればわかるよ!」というツッコミがコンパクトでありながら、小気味よく耳に残り、間が絶妙だなと感じました。
コント赤信号を含めてあの番組ではたくさん笑わせていただきました。

小宮さん、みなさまにとって穏やかな一年でありますように!
 

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