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↓ビタミンさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月27日(水)12時58分27秒
返信・引用
  こんにちわ。初夏を思わせるような天気ですね。朝から庭の花の手入れをしてました。
徳島の野の花診療所の徳永進先生、いわゆる全共闘世代のお医者さんです。体制を
倒すこと全精力を傾け、今、死を看取る仕事を天職とされてます。自殺を図った患者さんの
元へ、わざと送れて駆けつけ、死を見届けた後、耳元でやさしくつぶやいたそうです。
「よかったね、うまくやったね・・・」って。是非はともかく、死を選んだ人の
心の葛藤まで真摯に受け止めてくれるお医者さんは居ないのではないでしょうか。
http://homepage3.nifty.com/nonohana/
高田渡氏はまさに飄々といきた人生だったようです。酒を愛し、歌を愛し、友を愛し
風のように去っていってしまいました。考えようによっては、とても羨ましい生き方です。
ご主人も、決して強く生きるのではなく、肩の力を抜いて楽に生きる・・、そんな
余生を見つけてくれるといいですね。もう私たちには、残された人生なんですから
頑張る必要はない気がします。十分、頑張ってきたのだから・・・。
 

ポール牧さん

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年 4月27日(水)09時53分53秒
返信・引用
  団塊世代の自死を聞くのは辛いです。
単身赴任で鬱と戦っていた夫、何度も死を考えたそうです。
息子達にも私にも大きな悔いと悲しさを残したと思う。
生きていてくれて良かった、踏みとどまってくれて良かったと切実に思います。
病死や事故死とは違う後遺症がずっと残ると思います。
エリートコースまっしぐらだった夫が毎日することも無く辛そうに家に居ることもある意味では家族に対する愛情のひとつなのかな。
夫は雅子様が可哀想と申します。私は皇太子も可哀想です。

家を離れた息子が好きな歌をあつめて作ったCDに高田渡氏の歌が二つ入っていました。
若者にも何か訴えるものがあったのかな。

尼崎の事故、悲しい家族がまた沢山できてしまいました。
 

樹里亜さん↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月24日(日)11時24分48秒
返信・引用
  お久しぶりです。ろくに更新もせず、きつ〜いお叱り恐縮です(^^ゞ
死を意識しながら暮らす・・・という大変な経験をされたんですね。きっと人生観も
一変してしまったのではないでしょうか。ポール牧さんが自死されました。その前には
私たちの世代の「高田渡」氏が56歳の若さで病死されました。それぞれ違う人生との
決別のしかたでしたが、窓の外を見れば、明るい陽光が燦燦と輝いてます。
人生ってなんなんだろう?って思ってしまいます。どうか生かされた命、心ゆくまで
謳歌してくださいね!!
 

あいさん↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月24日(日)11時16分0秒
返信・引用
  はじめまして、あいさん。てつです。
お母様、夢にでてらっしゃるんですね。きっと残されたご家族のことが気がかり
なんでしょうね。でも、お腹の水は、もう無くなって元気な昔のお母様に戻って
らっしゃいますよ、きっと。妻を亡くした悲しみがあると同じように、母親を亡くした
悲しみもあるんですよね。あいさんにとって、お母様は、いままでの人生の中で
一番多くの時間を共有してきた人・・・。その人が、居なくなってしまうということは
耐え難い苦しみだと思います。交わした会話のひと言ひと言に、様々な思いが
交錯してまだ居なくなったという実感も薄いのではないでしょうか。でも、今日みたいな
天気の良い日には、きっとあの青空の彼方から、風にのってあいさんのまわりに
きてくれるはずです。お母様を感じてあげてください・・。
 

あいちゃんへ

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 4月24日(日)11時14分37秒
返信・引用
  あいちゃん お母様のこととても残念だったですね。
ご冥福をお祈りします。
私は3年半前に癌を患った者ですが 手術時下の娘は大学1年生でした。
当時は半年の間に3回の入院をして2回の手術 それに通院で25回の放射線治療もうけたんですよ。
「来年の桜は見れるのか?!」状態で 一時は死も覚悟して娘にもずいぶんと心配をかけてしまったものです。
お母様もあいちゃんを残して逝かれることに 随分と心残りだったことでしょう。
あいちゃんも辛かったですね。
でもお母様は天国でいつもあいちゃんのことを見ておられるし 心配されていらっしゃいますよ。
栄養士になる夢に向かって頑張っておられる御様子 私もとても嬉しいです。
お母様と一緒に陰ながら応援させてくださいね。
来年の春には見事希望の学校に行かれることを祈っています。

てつさん おせっかい小母さんのレスが先になって ごめんなさい。
 

ご無沙汰しています。

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 4月24日(日)10時48分58秒
返信・引用
  てつさん とってもご無沙汰ですが お元気ですか?!
いつもロムはさせていただいてるんですが・・・。
ここのところあまり更新がされてないようなので心配しています。

3にゃん&3わんこも元気でしょうか?
我が家の3にゃんはとっても元気ですが 今の時期 抜け毛に悩まされています。
特にロン毛のチロルの毛が困りもので・・・。
かと言って丸刈りにするには風邪をひかれても困るので早すぎるし・・・。
でももうちょっとしたらペットショップで丸刈りにする予定なので また写真送りますね。
ユニークな笑える写真楽しみに待っててくださいね。
 

(無題)

 投稿者:あい  投稿日:2005年 4月23日(土)15時31分23秒
返信・引用
  てつさんのホーメペ見させていただきました。私の母の時とダブってしまい画面上ながら泣いてしまいました。母が亡くなって4ヶ月経ちましたが母が亡くなったと実感するのはごくたまにです。が母のことは1日たりとも忘れたことはありません。ふとした瞬間に頭に母との記憶がよみがえってきます。今日も母の夢で起きました。残念ながら私の夢に出てくる母は闘病していた癌と腹水で腫れ上がった体のまま出てきます。今日は一人で散歩に行くといい大きなお腹のまま外に出て行きかえってくるときは私が母の両手を持ち一緒に家にあがってきて、ベットに寝ようとしているときあの大きなお腹がちょっとへこんでいるように見えて「お母さんお腹小さくなってるよ!!!この調子だともうすぐで良くなるかもね!!」というとニコッと笑いながら「なんか生きたい!!って思ったらやる気が出てきた。」と言っている夢でした。母も多分まだ自分が死んだ事に気づいていないのではないかなと思います。私はまだ高校3年ですが将来は栄養士になって病気の人に美味しい食事を作って食事療法で病気を治すことのできる栄養士になりたいと思っています。  

ありがとうございます!

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年 4月15日(金)23時22分34秒
返信・引用
  てつさん、ありがとうございます。
友人は沢山いるけど意外と本当に辛いことは話せない。
涙なんか見せられない。
年取って感情を抑えられなくなってきている両親も悲しませたくない。

そのうち何とかなるわ。
嵐はいつか過ぎゆくもの。
そう開き直っているのですが耐えられなくなったときはよろしくお願いします。

尚夫は心療内科にもずっとまじめに通っていて、お薬も実にきちんと飲みます。
本人が治りたいと思っているのだから大丈夫と思いつつ、お医者様ももう使う薬が無いと少しお手上げのようです。
副作用にも悩まされているようです。
かなり強い睡眠薬を飲んでも眠れないようです。

こうなったら催眠術かなあ。
 

↓夫婦

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月15日(金)13時05分18秒
返信・引用
  ご主人は、きっと真面目な方なのですね。病気のこと、家族のこと、そして今の自分。
すべてが両肩にのしかかって、心をちょっとばかりねじれさせてしまったのでしょう。
そんなねじれた自分を許してあげられると楽なんですけどね・・・。
お薬は飲まれてるのですか?私も亡くなった年には、まるで夢遊病者のようで
薬にたよりました。結局は精神力なのですが、薬の助けを借りることも大切では
ないでしょうか?合う薬合わない薬がありますが・・・。
でも、こうしてわかってくれてる人がいるということが、大きなビタミン剤ですよね。
でも、ビタミン剤も辛いですよね。そんなときはここで鬱憤はきだして、元気を
補給していってください。年中無休ですから〜〜〜(笑)
 

夫婦

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年 4月15日(金)10時32分55秒
返信・引用
  亭主達者で留守がいい…なんてほざいていた頃が懐かしい〜。
今日も鬱々と篭っています。
でも10余年前、海外赴任中、出張中に日本で癌がわかってそのまま入院手術。異国で子供達を抱えていた私は身動きが出来ず、彼は診断を聞くことも各種の手続きや全部一人でやりました。かなりの精神力を要したと思います。
今の自分自身を許せないのも彼自身だと思います。

息子達のためにも家庭のビタミンになって明るくいたいと思います。
でもこの私の空元気が夫は時々辛いらしい。

いつかどちらかが欠けてしまったとき「良い妻(夫)だった」と思い出してもらえばいいのかな。

てつさんのこのサイトで夫婦というものを考えます。
でも普通の普段の生活では気がつかないのですよね。

友人は一人娘を事故で亡くしました。
娘の事を覚えていてあげたいから長生きしたい。
そういう彼女をすごいと思いました。
子供がいるから無茶なことを出来ない…と思っていた私なのに。
 

ビタミンさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月14日(木)21時46分4秒
返信・引用
  はじめまして。ようこそ、ビタミンさん。癌を克服されたんですね。
きっと、死を意識し、相当な葛藤がおありだったんでしょう。
でも、真珠のブローチにご主人の優しさが精一杯表れてますよ。なかなか口にだしては
いいずらいもんです、男の勝手を言わせてもらえば。私がよく「奥様を心から愛してらっしゃったんですね」
などと言われてますが、そのたびに穴があったら入りたい気持ちです。
心の優しい旦那様と仲良くやってくださいね!(^^)!
 

さとしさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 4月14日(木)21時36分30秒
返信・引用
  ご無沙汰です。心療内科はいかれました?精神的なものでもよく嘔吐することが
ありますから、よく見てもらってくださいね。あと痩せてきたら迷わず
内科受けてくださいね。何も考えず、脳天気に過ごせたら、それはそれで
幸せなんでしょうけどね^_^;
 

ジンときています。

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年 4月14日(木)20時41分57秒
返信・引用
  10年ほど前に癌を克服した夫がそのままがんばりすぎて鬱病になっちゃいました。
八つ当たりされた時、夫婦ってなんだろう…。別々の人生を送れたらどんなにいいだろう…なんて思ってしまいます。夫のほうが辛いのはわかっているけどちょっと疲れ気味。
先日結婚30年。知らない間に真珠のブローチを買っておいてくれた夫にびっくり。
一人でちょっと泣いちゃいました。
HPを拝見して奥様を想う優しい気持ちにジンときています。
夫も愛していると中々いえない中年の日本男子です。
 

おひさしぶりです

 投稿者:さとし  投稿日:2005年 4月13日(水)01時39分37秒
返信・引用
  管理人さん みなさまお元気ですか?
管理人さんは私の両親と同い年なんですね。現在私は体調不良で病院通いの毎日。
原因不明の嘔吐の連続でもしかしたら?なんて嫌な考えも頭に浮かびます。
このHPを知ってから少しだけ前を向いて生きることもできたので、悪い病気になってない
ことだけを祈りたいと自分で勝手に思ってます。
ではまた・・・
 

てつ様

 投稿者:らん  投稿日:2005年 3月28日(月)20時29分38秒
返信・引用
  お返事どうもありがとうございます。私の場合は母との結び付きが通常よりとても強かったように感じます。
母とともに「一緒にあの世に行こうか」と話をしたりしました。
それでも、私が今こうして地面に足をつけて立っていられるのは母が長い時間、闘病生活を頑張ってくれた御蔭だからだと思います。そして私達は親子だったからなんだと思います。
もし、私がてつさんの立場なら・・・
そう思うと・・言葉に出来ないほどの苦しみや悲しみを痛いほど感じます。
私の方こそ、陰ながらてつさんを応援したいと思っています。
またこちらに立ち寄らせてもらえたら有難いです。
 

さーこさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月26日(土)19時49分20秒
返信・引用
  ごぶさたです。そして、ありがとう!(^^)!57歳になっちまいました。しいちゃんは、47歳で
とまったまま。ずるいよね。
もう4ヶ月、まだ4ヶ月・・・。時期がくれば自然と歩き始めます。「立ち止まりながら、少し考えて、歩く。それが歩という字です」って金八先生が言ってました。
周囲の人は、さーこさんを思うあまり、いろいろ言うでしょうけど、この哀しみは
当事者しかわかりません。決してあせらずにね。歩けるようになったら、ご主人が
そっと背中を押してくれますよ、きっと。
また、いつでも寄ってください。なんでもいいですから、書くことで気持ちが安まることも
ありますもん!
 

Happy Birthday

 投稿者:さーこ  投稿日:2005年 3月26日(土)16時28分43秒
返信・引用
  てつさん誕生日おめでとうございます。私の主人も47歳になりました。息子達とお祝いしました。まだまだ生きたかっただろうと思うと涙がとまりませんでした。もう4カ月いい加減に立ち上がらなくてはいけないのに自分自身が情けない。  

はじめまして、らんさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月23日(水)21時40分29秒
返信・引用
  全身全霊を尽くされ、お母様を看取られたんですね。お疲れ様でした・・・。そして
お母様も、肉体の苦痛を脱ぎ捨て、安らかな世界で過ごされてると思います。
私も、11年前に父を亡くし、看病疲れで翌年、後をおうように母を亡くしました。
包丁を枕の下に忍ばせて寝るくらい、父を恨んでいた母が、半身不随になった父に
寄り添い、毎日坂道を二人で歩いてる姿は、人生って何なんだろう?と考えさせられた
ものです。母に頼ることでしか生きることのできなくなった父を、母はやっと自分の元に
帰ってきたと思ったのでしょうか。そんな母が、同じ病に倒れ、幼児帰りしてしまった
姿を見ることは、本当に辛かったです。でも今はきっと来世で二人で手を取って歩いてるんでしょうね。
らんさんも、一人っ子のようですね。母はおっしゃる通り、母であり友達であり恋人であり子供であり、すべてであった・・というお気持ちが痛いほど伝わります。この1ヶ月、
本当に様々なジレンマに埋没してしまわれたことと思います。それでも、お母様の安らかな姿を
思われるお気持ちは、頭下がります。お母様が、自らの命と引替えに教えてくれた
数々のこと・・・。らんさんのこれからの人生にとって、かけがえのない宝物では
ないでしょうか。これからも、寂しさは絶えず波のように押し寄せてくると思います。
でも、どうか心の中のお母様と一緒に乗り越えて、らんさんの生き様をお母様に
見せてあげてくださいね。かげながら応援させいただきます。
 

はじめまして

 投稿者:らん  投稿日:2005年 3月23日(水)15時01分44秒
返信・引用
  「生と死」でなんとなく検索していったら、ここへたどりつきました。
私は先月母を亡くしました。私にとって母は親友であり、姉であり、妹であり、喧嘩相手であり、自分の子供であり、そして母でした。自分にとって母の存在はとてつもなく大きかったのです。母は昔から病弱で、私は一人っ子で最後の頃は私がいなければ精神的にも身体的にも生きていけない状態でした。自分は今30代で母を最後まで看取る為に大切にしていた仕事を辞めました。愛していた婚約者とも別れました。そして自分も母からの遺伝の病気にもなりました。母の看病の為に沢山の大切なものをほとんど、全て捨てました。すごくすごく自分自身苦しかったです。でも今は何も後悔する事はありません。これほどまでに母を愛する事が出来た事に感謝をしています。母の闘病中・母の死を受け入れた後・沢山の葛藤やジレンマや悲しみや、苦しみがありました。正直、まだ、心に寂しさがあるから、ここへ、書き込みをしているのかもしれないけれど、でも、今はよかったと本当に思えるのです。これでようやく母は長い間の病気の苦しみから開放され、やっと自立できたのだと思えるのです。
なんだか支離滅裂な文章になってしまいました。長文失礼しました。
人間の生と死については本当に深く考えさせられます。
 

てつ様へ

 投稿者:haru  投稿日:2005年 3月22日(火)17時27分5秒
返信・引用
  有り難う御座いました。
炉の中は熱いんでしょうね。
自分の子供を斎場に連れて行った時思いましたね。
このまま、やっぱり連れて帰ろうか、と。
係りの人に託して帰る時、心の中で言いました。
「この、親不孝者」って。

この先もこの日本の頑固親父は頑張りますよ。
てつ様もご自愛頂き、頑張って下さい。
又、ちょこちょこ遊びに来ます。
草々。
 

↓haruさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月18日(金)21時57分41秒
返信・引用
  ようこそ、haruさん。
ご長男を亡くされた悲しみを胸に、ご家族で前向きに歩いておられるご様子を
HPで拝見しました。失ったものにしかわからない、「生」への真摯な態度は
頭が下がります。どうか、素晴らしいご家庭を築いていってくださいね。
 

↓YASさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月18日(金)21時53分14秒
返信・引用
  はじめまして、YASさん。
そうですか、誕生日が一緒で、手術した時期も同じなんですね。しかも住居も
ご近所さん?私は座間市です。ここに来てから、かれこれ30年近くになります。
5年目を迎えられてるわけですね。やはり大事なのは気力・体力ではないでしょうか。
日々を楽しく、そして自己免疫力をつけるよう頑張ってくださいね。
応援しています!!
 

フラッシュバック

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月17日(木)23時22分27秒
返信・引用
  ドラマで「熱いんだろうね、炉の中は・・・」という言葉で、あの日のあの光景が
目の前に突然広がってしまった。「今日は、故人は熱い炎に焼かれて、喉が渇きますから
一日中、お水を絶やさないように・・・」といわれた一句一句が耳に蘇る。
思い出すのが怖くて辛くて、封印していまった想い出が、突然目の前に現れる。
久しぶりに顔を覆って、声を上げて泣いてしまった。涙がとまらない・・・。
死という永遠の別れ・・・。いつも傍にいるつもりでも、やっぱり現実は
とてつもなく辛い・・・。
 

こんにちは。

 投稿者:haru  投稿日:2005年 3月15日(火)15時22分9秒
返信・引用
  はじめまして。ネットの中を旅しておりましたらこのページに辿り着きました。
奥様、幸せだったかも知れませんね。こんなに心を寄せ愛してくれている旦那様に看取られて。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私も6年前ですか、結婚して10年で初めて授かった長男を亡くしました。辛くてね、本当に。自分の子供が死ぬなんて、まさか想像もしなかったですから。
ちっちゃな子供が目を瞑ったままベッドに横になって、泣いてもくれずに、ちっちゃな両手を胸のところで合わせて。思い出すだけでも悲しいです。でも、命を蔑ろにするような悲しい事件が多い昨今、この子は、私達夫婦の元に産まれてくれて幸せだったはずだと思うようにしています。それが、この子に対する供養であると信じています。

長々とくだらない文を書いてしまいました。御免なさい。
又、寄ってみます。
今、子供が一人居ます。リハビリ、頑張って一生懸命生きています。
そんな個人ページ作っていますので、もし、お暇があれば覗いてみて下さいね。

http://homepage3.nifty.com/kenchanroom/

 

はじめまして。

 投稿者:YAS  投稿日:2005年 3月13日(日)17時26分51秒
返信・引用
  ネットをさまよっていたらここに辿り着き、
初めて立ち寄らせていただきました。
とてもひとごとには思えず、
最後まで闘病日記を拝読させていただきました。
メールのプロバイダが私と同じようですので、
おそらく私と管理人さんはご近所だと思います。
私は2月19日生まれです。
そうです、亡くなられた奥様と誕生日が一緒なんです。
しかも、私も2000年の10月に胃癌の手術を受けました。
私の場合は運良くスキルスではなかったので、胃の部分切除で済みました。
闘病日記を拝読させていただいて、
改めて当時辛かった事を思い出しました。
そして、今後も家族に感謝しながら人生を歩んでいこうと
再度心に強く思いました。
勝手な独り言ばかりを書いて、大変申し訳ございません。
どうしても、何かをお伝えしたくて。
本当は励まして差し上げることができれば良いのですが、
私自身、今でも再発に怯えながら定期健診に通っている身なものですから。
何も言って差し上げることができず、ごめんなさいね。。。
 

さとしさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月13日(日)16時25分45秒
返信・引用
  晴れたり曇ったり、そんな日々を紡いでそれでも生きていく。人生の幕引きをせざるを得なかった
人の思いを背負って生きていく・・・。口で言うのは簡単ですが、これがなかなか難しいんですよね。
心療内科は、是非受診されたほうがいいと思います。医師との何気ない会話の中に
さとしさんの思いが見つかるかもしれません。昨日ホスピスの会へ行ってきました。
みな、それぞれに深い傷を背負っていながら、それでも生きることを懸命に模索しています。
長い人生の中で、生きるということと、真剣に向き合って見るのも必要なことではないでしょうか。
それは、先に逝った人からの無言の教えなのかもしれませんね。
なにか見つけられたら、是非教えてくださいね!
 

なんか疲れてしまいました。

 投稿者:さとし  投稿日:2005年 3月13日(日)03時31分36秒
返信・引用
  HPの趣旨と関係ない話題ですみません。突然ですが生きることに疲れてしまったというか・・
これからどうしていけばいいのかと・・・
とりあえず心療内科で担当の先生に相談してみます。
 

MIDIさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月10日(木)20時21分10秒
返信・引用
  ごぶさたで〜す!そうなんです、一月二月と怪我続き・・。三月は何かな?と思ってたら
心臓にきたようです。寝る前と朝起きるときに胸が痛みますぅ!恋煩いかな?!なんて
赤面してる次第です。心筋梗塞でころっといけるなら一番いいんですが、動けなくなって
生き延びたら最悪ですからね(^^ゞ
更年期・・・、男にはわからん辛さ。でもあるか!男の更年期。よく聞きますよね。
私は4年前からずっと更年期・・・。かな?!
避けて通れぬ道なら、気持ちだけでもハッピーでいきましょう!なんて勝ってbなこと
言ってますが、お大事にしてくださいね!!
 

お久しぶりです!

 投稿者:MIDI  投稿日:2005年 3月10日(木)17時44分26秒
返信・引用
  てつさま〜〜★

すっかりご無沙汰を致しまして・・・
お元気でお過ごしの事と思っていましたのに
拝見しましたら、お怪我ですか?
抜糸〜洗髪許可〜杖とか・・・?
もう、快方に向かっているのですね?
心より、お見舞い申し上げます。

▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

私にも、来るべき時が来たようで
いよいよ更年期らしく・・・
女性ホルモンに、いじめられております(ハイ)

睡眠不足(約一ヵ月半ほど)でまいっておりましたが、
昨日から峠を越えたような兆しが・・・
このまま、元気になれる事を祈る今日この頃です(*-人-)合掌

てつさも、どうぞ お・だ・い・じ・に〜〜!

http://torebi-web.hp.infoseek.co.jp/1/top.htm

 

さとしさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月 8日(火)20時05分1秒
返信・引用
  はじめまして、てつです。
身近な人を亡くすという体験は、人生観、価値観をも変えてしまうほど
深く心に刻まれますね。どんなに手厚い看護をしても、完璧であっても
喪失の後には、後悔があらわれるようです。わたしなぞ、ここで知ったようなこと
言ってますが、ほんとうに後悔と懺悔の念でいっぱいです。私の無様なもがきを
見て、すこしでも何かをたうかまれたなら少しはほっとできます。
亡くなられたおじい様の思い出を胸に、さとしさんの人生を歩いていってください。
亡くなった人はいなくなったのではなく、必ずそっと見てますから・・・。
また、いついでもお寄りくださいね。
 

はじめまして

 投稿者:さとし  投稿日:2005年 3月 8日(火)15時46分44秒
返信・引用
  はじめまして「さとし」と申します。HP拝見させていただきました。
私の祖父もスキルスではありませんが癌で他界しています。
死ぬまでもつらいし死んでからもずっと悲しい思いです。
今でも祖父に何もしてやれなかったことを後悔しています。でも、てつさんのHPを見て少し考え方変えることができました。ありがとうございます。
 

フジコ・ヘミング

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 3月 1日(火)22時20分32秒
返信・引用
  武道館13000人コンサートへ行ってきました。ただただ、すごいのひと言。すべてがまったく違う楽曲に聴こえます。切なくて優しくて、全ての感情の中に全ての答えがある。って言われているみたいでした。 強いけど、儚い。人間そのものの音でした。
この音を聴いて、震えない人はいないんだろうなぁ〜。 歳をとるのではなく、歳を重ねることのすばらしさを実感させてもらった一日でした。
 

ご無沙汰でした

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月24日(木)15時50分2秒
返信・引用
  さーこさん、ののさん、サザエさん、優しいお「気遣いありがとうございました。
休暇中?の頭の怪我も抜糸も終わり、ようやく洗髪許可が出ましたぁ!足はまだ不自由
ですが、杖もとれたんで顔をだしました。よろしゅう!
いろいろな方からメールいただいて、不肖てつも考えました。痛み・辛さ・苦悩を味わった
者だからこそ、他人の痛みを感じ取ることができる。不幸にして?喪失の痛みを
知ってしまったわけですが、これも天国からのプレゼントだと思ってやっていきます。
この痛みを知らなければ、それなりに幸せ?だったかもしれないけど、きっと鼻持ちならない
いやな奴になってたでしょうね。しいちゃんに感謝!
 

追悼

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月15日(火)08時56分57秒
返信・引用
  たかひろさん。
お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

まだ働き盛りの無念の最期でしたが、そのお姿はいつまでもご家族の皆様の
胸で逝き続けていることでしょう。
また、新しい世界で、お父様が活躍されることをお祈りしましょう。
                        合 掌
 

はじめまして

 投稿者:たかひろ  投稿日:2005年 2月 8日(火)14時29分2秒
返信・引用
  現在、父親が「スキルスの胃癌」で闘病しています。1月末まであんなに元気に京都で個人タクシーの営業をしていた父親が、日曜日に突然、胃の痛みを訴えて入院しました。胃、すい臓にも転移し、リンパはほとんど癌に冒されています。また腹水が異常に溜まっており、既に2000ccを2回抜きましたが、今だ妊婦さんのようです。7月に産まれる初孫の顔をぜひ見させてやりたいのですが、この数ヶ月しかもう生きれないと宣告されました。「てつさん」の闘病日記を読むともう父とはお別れなのかと思ってしまいます。「てつさん」も体調を崩されたみたいですが、早く元気になってくださいね。また、お便りいたします。  

てつさん

 投稿者:さーこ  投稿日:2005年 2月 7日(月)12時33分29秒
返信・引用
  とても心配です。どうかどうか少しでも早く快方に向かわれますように。あせらずゆっくりぼちぼちと・・・今までお世話になったてつさんにパワーおくります!!

 

てつさま

 投稿者:のの  投稿日:2005年 2月 7日(月)08時57分40秒
返信・引用
  無理はなさらずゆっくりと療養していただきたく思います。
また元気になったらお知らせ下さい。
しぃさん、てつさんを守ってあげて下さいね。
 

てつさんへ

 投稿者:サザエ  投稿日:2005年 2月 4日(金)10時04分48秒
返信・引用
  大丈夫ですか?私も含め、たくさんの方々が、このHPの参加者やてつさんの言葉に励まされ、元気をもらい、少しずつですが希望の光を見つけようとしています。てつさんも周りの方を大切にするのと同じように、ご自身も大切になさって下さい。どうか、無理をなさらないで、ゆっくり大事をとって下さいね。  

お詫び

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月 3日(木)16時47分7秒
返信・引用
  突然ですが、体調不良のため、HPの更新が
ままならなくなりました。ページはそのまま
置いておきますが、レスはできませんので
ご了承ください。
 

↓ ロビタさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月 3日(木)08時59分39秒
返信・引用
  おはです、ロビタさん。
喪失と言う体験は、経験したことのない人にはわかろうと思っても、わからない感情です。
今元気でも、あっというまに落ち込む・・。人は「どうでぃていつもそうなの?」って言うけど、説明できないかんじょうなんですよね。ただうつむいて黙ってしまうだけ。
そんな気持ちをきっと「遺族の集い」で受け止めてもらえると思いますよ。思いの丈を
全部吐き出してきてください。そこにいるみんんは黙って温かく受け入れてくれるはうです。
思いでの場所に踏み入るのは、ほううとに決心?がいりますよね。病院の前を通るさえいやで、出勤通路まで変えてたのに、ある日突然妻に会いたくなって、病室まで訪ねてしまいました。そこでなにかが吹っ切れたような気もします。でもあせらないでくださいね。
悲しみの薄皮が一枚ずつはがれていくのを感じながら・・・。
 

こんばんは

 投稿者:ロビタ  投稿日:2005年 2月 3日(木)00時01分45秒
返信・引用
  てつさん、お久しぶりです。
今日、妻が最期を過ごしたホスピスから、遺族の集いの案内が来ました。同じ経験をした家族が集まり、交流を図り、これからの支えにしていければということです。こうやってネット上で、同じ境遇の方の気持ちやご意見をいろいろ伺ってますが、やはり生の声を聞いてみたいとも思います。だけど、あの場所に足を踏み入れるのにはまだ勇気が要ります。
少し迷ってます。
 

ありがとうございます

 投稿者:ひまわり  投稿日:2005年 2月 1日(火)23時59分39秒
返信・引用
  てつさん、お気遣いありがとうございます
でも、夜も遅いので又次の機会にメイルします
今晩は、妻と二人返答はありませんが話ししようと思います
ありがとうございました
 

追伸

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月 1日(火)23時17分48秒
返信・引用
  ひまわりさん、よろしければお話しましょうか。
メールいただければ幸いです。
 

ご冥福を祈ります

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 2月 1日(火)23時09分34秒
返信・引用
  ひまわりさん、なんと言葉をおかけしていいか・・・。残念です。無念です・・・。
今は、苦しみから解放されて、旅立たれた奥様のご冥福を祈るばかりです。
最後の言葉も残さず、風のように逝ってしまわれたのですね・・・。きっと後のことは
ひまわりさんにまかせて大丈夫と安心して旅立たれたのではないでしょうか。
うちも、料理のレシピを一生懸命教えてくれて、ちょっと眠るね・・・といったまま
15分もあれば家から駆けつけられる子供たちも待たずに逝ってしまいました。
今は、葬儀の段取りやらなにやらで、わけもわからず一日がすぎてしまうことでしょう。
そして、夜になりやっと静かな奥様の傍で安らかな顔を見つめる・・・。どうしようもなく
切ない時間です。そんなひまわりさんのお姿をきっと優しく部屋のどこかで見守って
いらっしゃるはずです。泣きたいときは泣いてください。怒りたいときは
心の底から怒ってください。悲しいときは、どっぷりと悲しみに浸ってください。
それを我慢してしまうと、ずっと引きずってしまいます。
これから先のことは当分考えない。ただひたすら、奥様がやすらかに天界へ昇っていけるよう、祈ってあげましょう。4年経っても、喪失の悲しみは波のように押し寄せてきます。
早く逝きたいばかりに、ほかの人まで巻き込んでしまい傷つけてしまいました。
どうしようもない馬鹿者です。
ひまわりさんと奥様の思い出と一緒に心も半分持っていかれてしまったのです。
立ち直ろうなんて思わないでください、今は。ただ流れに身を任せて漂ってみましょう。
辛いときは、いつでも声かけてください。男同士ですけど、ひまわりさんの肩を抱いて
いっしょに涙を流したいです・・・。
もう一度、心から奥様のご冥福をお祈りさせていただきます。     合掌
 

こんばんは、てつさん

 投稿者:ひまわり  投稿日:2005年 2月 1日(火)22時42分17秒
返信・引用
  お久しぶりです てつさん元気ですか?
俺は、少し、イヤ大分へこんでいます 1月28日に妻逝きました 31日に葬儀済ませて
今、妻の祭壇の前で一人PCのキーを叩いてます まだ、実感が沸かないですが多分これからだと思います
一人になってみると、やはり寂しいですね 
これからどうやって生きていこうか生きる張り合いって言うか
心にポッカリ穴が開いたような感じです
てつさんは、どうやって乗り越えたんですか?
又、お邪魔します てつさんまだまだ寒い日が続きますがお体を大事になさってください 
 

↓kazeさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月31日(月)22時30分46秒
返信・引用
  kazeさん、残されたものは、それが「悲しみ色」の人生であっても、大切な思い出だけを
胸に秘め、それだけを手のひらで温めながら命を宿していかねばならない。そんな
想い出トランプを数え切れないくらい残そうじゃありませんか、お互い生かされているうちに。
そして、ここにいる私たちは、命の炎を消そうとするもには、全員で立ち向かいます。
あなたのまわりを、ぐるり取り囲んで、決して炎は消させない・・・。
 

この冬が終わったら

 投稿者:kaze  投稿日:2005年 1月31日(月)14時45分6秒
返信・引用
  この冬が終わったら…この雪が融けたら暖かい春がやってくる。色とりどりの花々が咲き誇り
暖かい風が舞い、そんな季節を私は感じることができるのだろうか?
命ある限り、絶望、悲しみ色んな苦痛は必ずあるけれど乗り越える強さをもってほしい。
そうでなければ私も私の命を終えることができない。
 

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月30日(日)15時33分19秒
返信・引用
  悲しいときは がまんしなくてもいい
ぽろぽろと こぼした涙は
人知れず 蒸気となって立ち昇り
天の湖にたたえられるのだから

何十年 何万年
理不尽な悲しみに
人々が天を仰いで 流した涙は
満々と湖を充たして
その青い水面に さざ波がたつとき
ほら
星は またたいて見えるでしょう
あれは 神様からの合図
神様からの 赦し
神様から あなたへの ご褒美
 

花のメッセージ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月30日(日)15時28分40秒
返信・引用
  あなたに 見せたいものがある
わたしの 命と引き替えにしても
あなたに 見せたいものがある
それは 春の足音
雪融けの せせらぎの色
やがて したたり揺れる若葉と
波しぶきをあびて 遊ぶ子供たちの笑い声
 

ののさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月26日(水)22時51分1秒
返信・引用
  ちょっとおひさです!神奈川も今日は朝から霙交じりで、寒かったです。
午後から晴れてきましたが、寒さは変わらずでした。先日3日ほど胃がおかしく、ノロウイルスじかなんて言われてました(~_~;)切った指も抜糸がすんで、まだ肉は完全にはついてませが
ぼちぼち復活です。
肩のほう心配ですね。まだまだ四十肩ってわけでもないし(失礼(^^ゞ)、私も以前
寝返りも打てないほど、肩が痛んだことがありました。冷やさないように注意してくださいね。お互い主婦?はつらいですね(#^.^#)
 

おひさしぶりです。

 投稿者:のの  投稿日:2005年 1月26日(水)13時18分40秒
返信・引用
  てつさん、体の調子はどうですか。
無理していませんか。
こちらは、先日雪が降り、うっすらと積もりました。
ちょっと暖かい日があって、今週土曜日と来週火曜日の気温差が10℃らしいです。
子供が風邪を引いて2日学校を休んだけれど、その日も欠席多いんじゃないかなって思う。
胃腸風邪とインフルエンザが流行っているらしいです。
お互いに気をつけなければ・・・。
私は、どういうわけか右肩から腕、指の先までいたいのです。
軽いものも持てない状態。
でも、ご飯作りはしなくてはならないのよねぇ。
 

↓ロビタさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月24日(月)20時05分31秒
返信・引用
  こんばんは。ロビタさん。今夜はお酒は召していませんか?(^_^.)
精神科の先生が「お酒も適度に飲めば、鬱の改善になる」と言ってました。私は残念ながら?
飲めません。付き合いでは、カクテルくらい(特に女性とはね!)は数杯飲みますが
自分から飲もうという気にはならんとです。特に日本酒はだめですね・・。うらやましいです。
確かに、妻の無念を引き受けて元気に明るく暮らしてみせるのが、喜ぶことなでしょうね。
でも、なぜそこに妻がいなにのか・・・というところにいってしまって・・・。
4年たった今、悲しみは薄まるというか、違うな、色合いを変えてきた・・といった
ほうがいいかもしれないです。こうして、5年、10年と灰色の月日を重ねていけば
フルカラーとはいえなくてもセピアか256色くらの世界になるのかもしれませんね。
でも、今はその10年を考えるのは少しきついです。とりあえず、今日を・・・、そして
明日を・・・精一杯歩いていく努力をしてみます。
待ってて戻ってくるのなら、いつまででも待ち続けるんでけどね・・・。
 

(無題)

 投稿者:ロビタ  投稿日:2005年 1月23日(日)23時49分24秒
返信・引用
  てつさん、今晩は
今日テレビをみてたら、病気と闘って高座を続けている52歳の落語家が出ていて、彼が「まだ、楽する歳じゃない」って言ってました。
そうだよね、まだ楽する歳じゃない。妻のためにも、もう一踏ん張りいい人生を送りたい。私や子供たちが幸せであることが、妻の願いだと思います。今はまだ元気が無いけど。そう思いたい。

今日は少し酔ってます。ごめんなさい。
また。
 

無題

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月23日(日)08時03分26秒
返信・引用
  今日は朝からどんより曇ってる。寒さも一入身にしみる。
こんな日は、やっぱりブルーが入ってしまいます。何のために、何を目指して
歩いていかねばならないのだろうか。毎日同じことの繰り返し・・・。
いっそ、人生のステージを早送りで進めてほしいもんです。亡くなった人の分まで
頑張って生きていく・・。これほど酷なことはない気がする。
 

そよさんへ

 投稿者:kaze  投稿日:2005年 1月22日(土)18時29分32秒
返信・引用
  そうです。きっとお父様も同じ気持ちだったと思います。
お父様は見えなくてもきっとそよさんのそばでそっと見守ってくれていますよ。
頑張って生きていきましょうね。
 

ありがとうござます

 投稿者:そよ  投稿日:2005年 1月22日(土)14時26分46秒
返信・引用
  はじめまして。
kazeさんのお子さんは幸せです。素晴らしいお母様を持って。
kazeさんのお言葉を何度も何度も読み返しました。
母親としての気持ちを伺って・・・ハッと気付かされました。
きっと父もそう想ってくれていますね。
もうメソメソしません。頑張ります。
kazeさんもどうか頑張ってください!!!

 

↓kazeさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月22日(土)10時31分14秒
返信・引用
  ほんと、お久しぶりです?!kazeさん。お元気ですか?
kazeさんのひと言ひと言・・・、行間にあふれる慈愛、母親の心に胸打たれました。
先日、帰郷した次男が、差し入れてもらった手造りハンバーグを、うまそうに食べてました。
4年ぶりの母親?の味だったんでしょうね。なんか愛おしくて胸がつまりました。
徹夜の連続でコンビニ弁当に明け暮れる毎日。母親がいれば、ちっとはましなもの食べさせてくれるんでしょうけど・・・。結婚式にも両親揃って花束を受けてあげる事はできない。
二人そろって孫をあやしたりお宮参りもできない。私が妻を失ったと同様に、彼らは
かけがえのない母親を失ったんですよね。
kazeさんの思いが、危惧に終わり、ご家族で笑いながら振り返れる日が必ず来ると
信じています。
 

お久しぶりです

 投稿者:kaze  投稿日:2005年 1月22日(土)08時27分53秒
返信・引用
  てつさん、お久しぶりです…!?
そよさん、後悔なんてしなくていいですよ。
「私はあなたたちの母親でいられて幸せだった。私の子供で生まれてきてくれてありがとう。
ずっとそばにいてあげられなくてごめんね。でも体はなくなってもずっとあなたたちのそばで守ってあげるからね。あなたたちの成長、孫の顔見たかったけど力が足りなかった。お母さんいなくなっても強く生きていくんだよ!いつまでも悲しんでちゃだめ!明るく楽しく幸せに生きていってくれることが一番お母さんは嬉しいから。」
スキルス性胃癌患者、死と向き合って生きている私の子供たちへの今の思いです。
どうか強く生きていってください。
 

そうですね・・・

 投稿者:そよ  投稿日:2005年 1月21日(金)11時45分19秒
返信・引用
  残された私達は、愛するかけがえのない存在を失ったのだから、後悔しないはずがありませんよね。
告知の事とか治療方針など本人に何の相談もなく私が決めてしまって・・・
それが一番良いと信じていたから!
でも結果死期を早めたのか?私のせい?苦痛にさせたのか?落ち込みます。今でも。
人の気持ちのわからない医療従事者の方の言葉。
「もうつねっても叩いても感じてないから。そんなに心配しなくていいよ」と頑張っている人の横で!
先生も看護婦さんも誰もそんな状態になった事がないのに・・・
聞こえてたらどうするのよ!!頭に来ました。(何度もですがね)
会えるなら会って聞きたいですよね。その時の気持ち。
すみません!自分の事ばっかり。
いつも「そこ」にいますよね。しっかりしなくては!!
私は実家から遠く嫁いでしまったのですが、近いうちに一度帰ります。
鎌倉は近いので子供を連れてのんびり行ってこようと思いました。
てつさん、ありがとうございます。
 

はじめまして、そよさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月21日(金)10時24分9秒
返信・引用
  ようこそ、そよさん。2ヶ月という期間が長かったのか短かったのかは
わかりませんが、時間の長さに関係なく、後悔の念はいつまでも心に残りますね。
それまで、漠然と他人事のように思っていた「死」に直面したとき、悩み、苦しみ、
そして多くの事も学んだような気がします。これこそ、先に逝った人が、その身をもって
私たちに教えてくれたことではないでしょうか。残された私たちは、その無念の思いを
肝に銘じて歩いていかねばなりません。先日、クミコのコンサートで「私は青空」を
聴いてきました。亡くなった方は決していなくなったのではなく、いつも「そこ」にいます。
青空の彼方から、「私はいつもここから、あなたを見てる・・・」と。やがて私たちも
歩くのをやめたとき、きっと隣で微笑んでいてくれるはずです。
哀しいけれど、切ないけれど、もう会えないけれど、また会えるその日まで
歩いていきましょう!
夢に出てらっしゃらないのは、きっと天界で新しくやることが多すぎて
忙しいんでしょうね、きっと。落ちついたら必ず、会いに来てくれますよ!
 

はじめまして

 投稿者:そよ  投稿日:2005年 1月21日(金)03時35分25秒
返信・引用
  私も最愛の父を癌で2002年に亡くしました。
病気と分かってから2ヶ月でした。
今でも『あーすれば良かった?こうすれば良かった?』と…
そんな時、こちらのサイトに巡り合いました。
闘病記いっきに読んでしまいました。涙が止まりませんでした。
大切な人が癌になってしまった時。
みんな同じ想いでいるんだと思いました。
ひとつ…父にもう一度会いたいのに夢にも出てきてくれません。
何年たっても寂しいですね。
 

病気やケガは大敵です

 投稿者:ロビタ  投稿日:2005年 1月19日(水)22時58分36秒
返信・引用
  てつさん、少しづつでも回復されてるようで、よかった。歳を経るごとに、病気もケガも回復が遅くなりますね。心底頼れる人がいなくなると、病気やケガは大敵。心は無理でも、体は元気で居たいですね。
昨年暮れに出した喪中のハガキを見て、お悔やみを送ったいただいた方がいます。ほんとは電話ででもお礼を早く言うべきでしょうが、妻の話しをするのがまだ耐えられません。彼女の話は誰にもしたくないというのが、本音です。だから去年から、いろんなお礼はみんな礼状を書くことにしてます。出来るだけ気持ちを込めて書いているつもりですが、でも考えてみると、誰もオッサンの泣き言なんか聞きたくないだろうな。

てつさん、あんまり頑張らないで。ケセラセラ、きっと何とかなります。
 

↓ロビタさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月19日(水)10時26分5秒
返信・引用
  おはようございます、ロビタさん。お陰さまで、抜糸をはじめました。まだ触ると
痛いので、ちょっとづつ、抜糸してます。(どうせ痛いんだから、いっぺんにやれってか?!)
先日、クミコのコンサートにいってきました。「私は青空」という突然逝ってしまった
人の気持ちを唄った歌があるのですが、いつも空の上から見ててくれるとは思っても
返事が返ってこないのは、やっぱり辛いですよね。4年間、ひとりでなにからなにまでやって
頑張って?きましたが、やり通しても、ご褒美はないんですよね。亡くなった人が戻って
くるなら、死に物狂いで頑張るけど・・・。炊事、洗濯、掃除、買い物、仕事、勉強・・・
ふっと、こんなことして自分はどこを目指して生きてるんだろう・・・って虚しくなります。
ごめんなさいね。かなり愚痴がはいっちゃいましたね(*^。^*)ボタン一つも付け替えられないこの指に落ち込んでしまいましたぁ!!
また、寄ってくださいね。お待ちしてまぁ〜す!
 

10年経ちました

 投稿者:ロビタ  投稿日:2005年 1月19日(水)00時41分21秒
返信・引用
  てつさん、ケガは良くなりましたか。
神戸の地震から10年が経ちました。あの日の朝、激しい揺れで目を覚まし、ちょっと寝ぼけていると妻が子供部屋に飛んでいって、タンスを押さえていたのを思い出します。後で、あんたは役に立たんと言われましたがね。
地震の直後から何度か神戸には行きましたが、ひどいものでした。特に体を使わないのに、1日いるだけでぐったりして、電車に乗って30分ほどの大阪ではこれまで通りの生活があり、ショッピングや食事を楽しんでいる。そのギャップの大きさに、これはなんだと戸惑ったことを今でも覚えています。
震災特集のテレビ番組が放送されていますが、大切な人を亡くされた方の話を聞くと、この10年がどんなに厳しいものだったかと思い、涙が出ますね。
 

↓さーこさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月12日(水)23時24分25秒
返信・引用
  お久しぶりです、さーこさん。そしてこんな言葉を口にしなければならないのはなんとも
言いようがありません。こうしてキーを打っていても、涙が溢れてきてしまいます。
心から、本当の男・ご主人様のご冥福をお祈りいたします。
2003年3月でしたね、さーこさんと初めてここで出会ったのは・・・。術後7ヶ月で
ご家族で頑張ってらっっしゃる様子が思い出されます。でも、ご主人は2年2ヶ月、ご家族のために必死で頑張られたんですよね。誕生日が私と同じ3月25日・・・、何かの縁を感じてました。ご家族の願いが2年2ヶ月の奇跡を産んだのではないでしょうか?いろいろな
思い出たくさん残してくれましたか?この思い出はいまは辛いかもしれませんが、お子さんたちにとっても、生きていくうえできっと大きな力になるはずです。あなたとあなたが
愛したご主人が作り上げた、大切な思い出ですもんね・・・。
辛い時哀しい時泣きたい時愚痴こぼしたい時、掲示板でもいいし、メールくださっても
結構です。決して一人になったとは思わないで・・・。
最後に、もう一度、ご冥福を祈らせていただきます。安心して天界へ旅立ってください。

                        合掌
 

ご無沙汰してます

 投稿者:さーこ  投稿日:2005年 1月12日(水)18時42分53秒
返信・引用
  てつさん覚えてくれてますか?1〜2年ほど前にいろいろお世話になった者です。・・・2年と2ヶ月がんばった主人。2004年11月11日亡くなりました。最後の最後まで弱音吐くこともなく本当に強い男、父親でした。至らない私をエスコートし、俺は、後4時間ほどしかもたないので子供達をそろそろ呼んどくか・・などと本当に自分が必死なのに周りの事ばかり気にして息をひきとりました。覚悟はしていたもののこんなにつらい事とは・・・母は強しでなくてはならないのに弱音ばかり吐いて小学生の息子達に助けられる始末です。てつさんと出会えた事私の中ではとても心の支えになりました。パソコンウイルスにやられて修理だしたりどうも苦手ですが又時々遊びにこさせてください。  

↓ののさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 9日(日)08時13分42秒
返信・引用
  ギャオォ〜!***ヾ(≧∇≦)ノ"***♭
今朝は右手がグローブみたいです。キーボードいじれるように(仕事にならない)別々に
包帯してもらってるんですが、これがかえっていけない。動いちゃうんで傷口が攣れて痛い。
おっ!一日遅れですが「お誕生日おめでとうございます(^_-)-☆」いよいよ女ざかり(うっ、涎が・・・」の30代突入ですね!ますますその美貌に磨きをかけて、天国のお父様に
見せてあげてくださいね!!(^^)!
 

てつさん、大丈夫?

 投稿者:のの  投稿日:2005年 1月 8日(土)23時00分53秒
返信・引用
  ***ヾ(≧∇≦)ノ"***きゃあぁあっ♪
聞いただけでこっちが痛いです。
相当、切れてしまったんですね。
痛いでしょ。
子供だったら、痛いのいたいの、飛んで行け。って言うんですけど。
骨まで行かなくて良かったですね。
気をつけて下さいね。
私は、今日3○歳の誕生日を迎えました。
年々持病がひどくなって辛いです。
風邪とかも直りが遅いし。
いけませんねぇ。
 

お見舞い御礼

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 8日(土)18時09分21秒
返信・引用
  この度は、ドジてつの災難に対し、暖かいお見舞いありがとうございました・・・な〜んてね。
嬉しかったですぅ。メールや電話までいただいて、こんなことで騒ぐ方がおかしんですが
なんか気弱になっちゃってね。去年だったら、きっと一人で痛みに耐えてたと思います。
みなさんにはご迷惑かけちゃいましたけど、ドジてつが涙流して喜んでることで
こらえてつかぁさい。まわりに温かい人がいっぱいいりことを実感した、包丁事件でした。
ほんとにありがとね!(^^)!
 

MIDIさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 8日(土)16時09分12秒
返信・引用
  こちらこそ!謹賀新年です。郷里で頑張ってらっしゃいますね!
こちらは新年早々、包丁で右指を2本ざっくりやってしまいました(ToT)/~~~もうちょっとで
骨までいくとこでした。通販で切れ味抜群の包丁をゲットし、刃を洗ってる最中でした。
10針縫って包帯ぐるぐる巻き状態です。キーボードも薬指で打ってます。マウスクリックは
ちょっと難しい。以前にもコップを洗って力を入れすぎ砕いてしまい手のひらを縫ったことあり。
要するにどじなんですね。でもこんなことあると、「なんでオレがキッチンでこんなこと
しなきゃならんの?」とめげてしまいます。あ〜あ、男は辛いネ(ーー;)
 

ご挨拶♪

 投稿者:MIDI  投稿日:2005年 1月 8日(土)12時08分25秒
返信・引用
  遅ればせながら・・・
明けましておめでとうございます(^ー^* )フフ♪
お元気ですか?

私は、姫路で母のヘルパーやら娘のお手伝いやら・・・
何とか元気でやっています p(#^▽゜)q ファイトッと

☆ご質問の Quick Timeの操作バーのことですが、
今は、解りかねます(*_ _)人ゴメンナサイ
帰りましてから、ゆっくり調べさせていただきますので
お待ちくださいね(*- -)(*_ _)ペコリ

マタネッ(* ̄ー ̄)ノ彡☆゚・。・゚★・。・。☆・゚・ ※帰省予定〜〜1月22日

http://torebi-web.hp.infoseek.co.jp/1/top.htm

 

同感すぎ

 投稿者:izukichi  投稿日:2005年 1月 7日(金)07時48分58秒
返信・引用
  後ろからケリ… ごもっとも!です!思わず吹き出しちゃいました!(^O^)v 携帯からもカキコできるのでチョクチョク足跡残しにきますぅ  

↓izukichiさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 6日(木)16時54分18秒
返信・引用
  お久しぶりです。年末年始は特に辛い時期ですよね。周りが皆、幸せそうに歩いてるのを
見ると、後ろから悪魔の囁きとともにケリを入れたくなっちゃいます。何年たっても
変わりません。思いを残しつつ去っていかねばならなかったパートナーの遺志を引き継いで
生きていく・・・言葉では簡単ですが、なかなかね。
明日を考えず、とにかく今日を生きる・・・。そんな毎日。晴れてお迎えがくるそのときまで
お互い、辛抱強く生きていきましょう。
 

ご無沙汰しております

 投稿者:izukichi  投稿日:2005年 1月 6日(木)14時13分7秒
返信・引用
  毎年10月ごろからブルーに入っていって・・
クリスマスとかお正月・・・そんな気分にもなれないので・・
ついついPCから遠ざかっていました。
私も年々寂しさが募るばかりです。
4月からは下のちびが小学校入学なので私も気兼ねなく働けます
人生いつどうなるかわからないけど・・
生かされているのだから・・・お迎えくるまでなんとか過ごしていきましょう〜
お身体気をつけて。。。。

http://www.jttk.zaq.ne.jp/always

 

↓ロビタさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 6日(木)08時55分58秒
返信・引用
  はじめまして、ロビタさん。ようこそいらっしゃいました!
一周忌・・、まだまだ昨日のことのようであり、時に誰の?って思ってしまうような
こともあるかと思います。日々、悲しみが寄せたり引いたり・・・喪失という現実に
翻弄されて揺れ動く毎日・・・。それでも生きていかねばならない・・。何のために?
誰のために?希望って何?絶えずこの言葉を反芻しながら、私も4年が経ちました。
経済復興の企業戦士となりがむしゃらにつっ走り、気がついたら人生半ばを過ぎていた。
これからは、二人で歩いてきた道を、ゆっくりと振り返ろうと思っていた銀婚式・・・。
うちも入院先のベッドの上でした。そして、想い出を半分持って、逝ってしまった。
共有する想い出を語れないということは本当に哀しいですよね。息子には「それなら、これから新しい思い出をつくればいいjんだよ」って言われました。彼なりの慰めですが
夫婦って特別なものですよね。親子でも兄弟でもない。同志かな・・。
また、いつでもお立ち寄りください!!
 

はじめまして

 投稿者:ロビタ  投稿日:2005年 1月 6日(木)01時40分26秒
返信・引用
   去年の二月ごろ、ガンの情報を求めてネットをさ迷っていた時ここを見つけ、涙しながら読ませていただいたことを覚えています。一生懸命頑張ったのですが病気を押さえることが出来ず、妻は旅立ちました。この頃のことは、実はあまりよく覚えていません。ただただ、必死でした。もうすぐ一周忌を迎えます。元気に過ごせたり、落ち込んだり、まだ揺れています。
 プロフィルやお写真を拝見すると、てつさんは、私と同じ世代のようですね。伴侶を失った方のサイトはいろいろありますが、まだお若い女性のものが多いように思います。オジサンのサイトは少ないですよね。私も50を過ぎ、十分にオジサンです。結婚して25年、これも同じですね。
 また寄せていただきます。
 

↓こんばんは

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 3日(月)20時54分57秒
返信・引用
  そっかー、」ジュリアちゃんはお幾つですか?うちのメグは・・・、え〜と・・・・、
3歳かな?あまりじはっきりせんとです。ベビーを作ろうと思ったんですが、ある日
帰ったら、お腹にくっきり十文字マーク!息子が手術してきてしまいました<(`^´)>
なんでも、布団の上によくオシッコするとかで、避妊すると改善されるとどこかで
聞いてきたらしいんですが・・・・。唖然・呆然・大ショック!
樹里亜さんも大変な経験をされてるんですね。それを見事乗り越えて頑張ってる!患者の
鏡ですぅ!!でもこんなこと笑っていえるのも、今があるからなんですよね。不安と苦しみと闘い勝ち取った勝利へのご褒美。できるなら、みんな1等賞になって欲しいです。
リバウンドはとれない!私も、妻亡き1年間で10kg以上痩せてしまいましたが
抗欝剤が絶妙に効いて?!8kg戻ってしまいました。今日もスラックスの詰めたのを
戻しにいってきた次第です。お互い気をつけましょう!
でも、なんてったってメグ・ライア〜ン!(^^)!
 

こんばんは

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 1月 3日(月)19時35分57秒
返信・引用
  早速お返事いただいて有難うございます。
奥様の命日に偶然お邪魔させていただいて これも何かのご縁ですね。
これからよろしくお願い致します。
昨夜は最後の奥様に逢いに行かれたのですね。
とっても優しいてつさんの行動に 奥様もきっと天国で喜ばれていらっしゃると思いますよ。

私は乳癌で左の乳房を温存しましたが たった1回受けた抗癌剤の副作用で1ヶ月もの間血便が続き8キロも痩せました。
(3年後の現在では12キロもリバウンドしていますが・・・苦笑)
お腹の方が落ち着いたかと思ったら 今度は婦人科検診で卵巣が腫れていると言われ多分95%は良性であろうけれどあとの5%は手術してみないとわからないとのことで2度目のパニックに陥りました。
お陰さまでこちらは良性でしたが 結局半年の間に3回(通算2ヶ月)入院して2回の手術を受け 25回の放射線治療も通院で受けました。
思い出すと辛い闘病でしたが 癌を患ったお陰で人生観が180度変わり 今できることを楽しみながら明るく暮らしています。
長くなってしまいましたね。
次回はワンニャン掲示板にお邪魔させてくださいね。
(メグ ライアンも素敵だけれど ジュリア ロバーツも可愛いのよ。)
 

↓ののさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 3日(月)00時44分42秒
返信・引用
  ありがとうございます、ののさん。生きてるうちにもっと言葉にして、態度で表せば
良かったんですけどね。申し訳ないことをしました。天国で再会出来るまで
大きな借りをつくっちゃいました(^_-)-☆いまだにふらふらと歩いてますが、
皆さんの頑張りに励まされて、何とかやってます。また、遊びにきてください、
お待ちしてます!
 

↓樹里亜さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 1月 3日(月)00時34分43秒
返信・引用
  道中ご苦労様!たどりついていただいて光栄です!今、最期の一息を吐き出した
病棟へ行ってきたところです。ただ、入院していた個室の前で手を合わせるだけ
させて欲しいと面会所を通したのに、不審者扱いです!昼間来てくれとかなんとか・・・。
結局婦長代理が出てきて、OKでたんですが、ずっと守衛が後からついてくる。なんなんだぁ!という感じでしたが、いざ病室の前に立つと、もうそんなこと堂でも良くて、ただ
涙が溢れてくるだけでした。辛かっただろうな、淋しかっただろうな・・と。
そんな思いで帰宅したところ、樹里亜さんがお見えになってました。
嬉しいです!”!”元気になってる様子を聞かせて頂いて、何よりの供養です。
なんと3ニャンコ!ニャンコたちのためにも、もっともっと元気になってくださいね!
この掲示板には、癌で苦しんでるご本人、ご家族、いろいろば方がそれぞれに不安、悩み
を抱えてらっしゃいます。どうかまた立ち寄って、是非元気話を聞かせてくださいね。
おもてなしはできませんけど、真心だけはお持ち帰りいただけると思います。
2005年、樹里亜さんにとって、更なる飛躍の年でありますよう祈ってます!!
 

てつさん

 投稿者:のの  投稿日:2005年 1月 3日(月)00時30分11秒
返信・引用
  奥様の4回目の命日でしたね。
いつもいつまでも奥様を愛しているてつさん。
奥様も幸せですよね。
私までうれしく思います。
今年も無理をせず頑張って下さいね。
倒れちゃうと奥様も心配しますよ。
奥様の姿は見えなくても、そばにいるんですよね。
 

はじめまして

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 1月 2日(日)23時56分12秒
返信・引用
  お正月休みでネットサーフィンしていて 偶然にこちらにたどり着きました。
今日は奥様の4回目の命日だったんですね。

私も別の癌ですが手術をしてやっと3年たったところです。
闘病日記を読ませていただいて てつさんがどんなに奥様の事を愛しておられたか・・・ひしひしと感じられます。
私も3年前の手術時を思い出しました。
当時は来年の桜は見れるのか?状態でしたが 12月に3年検診でPETを受け無事クリアできて感無量です。

それに可愛いにゃんことわんちゃんを飼っていらっしゃるんですね。
我が家にも3ニャンいるんですよ。
アメショーのジュリアと スコティッシュフォールドのチロル それにシャム系雑種のオシャムです。
2005年がてつさんにとって可愛いペットに癒やされ 幸多いことをお祈りいたします。
 

↓ごめんなさい

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月31日(金)22時40分26秒
返信・引用
  思惟さん、ごめん!入力ミスしちゃった!まぶたが痙攣してるもんで・・・(言い訳か?!)
 

一年間お疲れ様でした

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月31日(金)19時12分34秒
返信・引用
  この一年間、心を通じ合った皆様
なな恵さん、rieさん、のりさん、ひなたさん、あんじぇさん、おせっかい野郎さん、ノアさん、
IZUKICHIさん、マリー☆さん、ジャニスさん、しずかさん、サザエさん、思涌井惟さん、りゅうさん、
ともこさん、峰子さん、のぞみさん、かえるさん、MIDIさん、なおさん、ミミさん、
KAZEさん、ひまわりさん、ゆぅさん、Mさん・・・。そして不手際で過去ログが消えて
しまい、お名前を列挙できない皆様、一年間ありがとうございました。
それぞれに、泣き・笑い・怒り・微笑んだ一年間だったかと思います。
縁あって、心を通わせていただいた皆様の日々を案じながら、きっとみんなそれぞれの
立場で頑張っていらっしゃるだとう・・・と想いをめぐらせながら、2004年に
別れを告げたいと思います。本当にありがとうございました。ここで、私は皆様から
生きる力を分けていただいたと心より感謝しています。来るべき2005年こそ
輝ける年であるよう願っております。
 

↓Mさん

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月19日(日)08時26分16秒
返信・引用
  側で見てるだけで何もしてあげられない・・。もどかしさと無力感でたまらない毎日ですね。
私の友人の父上が肺がんで亡くなりました。その闘病の壮絶さを彼は語ってくれました。
そして、あれほどヘビースモーカーだった彼がプツッと煙草をやめました。お父様がその身をもって彼に教えてくれたんですね。人はこの世に、誰かに何かを伝えるために
存在してるのではないでしょうか。その務めが終われば、次のステージへと昇華していく。
そんな大きなプレゼントに私たちは何ができるのでしょうね・・。ただ傍らにいて、その人の生き様をしっかりと受け止めて心に刻む・・・。それから血のつながった温かい手で
そっと身体に触れて、家族のために・・・と必死で闘っているその痛みを、あなたの温もりで包んであげるくらしかできないのかもしれません。
私も泣き笑い・・・がこんなに辛いと思ったことはありませんでした。
でも、やっぱり家族の笑顔が何よりの支えではないでしょうか。
どうかお父様との貴重な時間を大切になさってください。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2004年12月19日(日)01時22分21秒
返信・引用
  今 父が肺がん そして転移してしまい入院中です。
痛みをこらえ もがいて 看病しているのが辛くてたまらない・・・

代わってあげたい。わたしが代わりになってあげたい。
つらいよ・・・たすけて
 

ありがとうございます

 投稿者:ゆぅ  投稿日:2004年12月17日(金)08時01分40秒
返信・引用
  てつさん、早速のレスありがとうございました。
不安と絶望だけなんて とんでもありません。
ネット上とはいえ同じような境遇の方を見つけ、自分だけではないんだと、
孤独感が解消されました。
それに、みんな本当に前向きに考えていらっしゃる!実に励まされました。

子ども(小学1年です)には、主人の病気が具体的にどんな経過をたどる病気なのかを話していません。
まだ話しても わかっているようで理解できていない年齢には、ただ不安をあおって怖い先入観を持たせてしまうのではと思えて…。
いずれ子ども心に感じ取り察知したとき、理解し納得するまで話してやろうと思います。
その時のこの子のことを考えるのも不憫でならないのですが、
逃げないよう、諦めないよう話すつもりです。
おっしゃるとおり‘今日を精一杯生きる’こと、ですね。

この度は本当に ありがとうございました。また おじゃまします。
 

↓ゆぅさん

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月15日(水)23時34分4秒
返信・引用
  はじめまして、ゆぅさん。
私のHPは、想いを残す結果に終わってしまいましたが、ゆぅさんに不安と絶望だけを
残すようになってしまってないかと、心が痛みます。生まれた時から限りある生命を
少しずつ削りながら歩いていくんですよね。たまたま「あなたは、あと何ヶ月です」と
突然宣告されてしまう。でも余命って何で測るんでしょう?今までの症例の確率にすぎないそうです。だからがっくりきて、その通りになってしまう事もあるし、1ヶ月が4年
たっても何でもないこともあります。不幸にして、執行猶予を宣告されてしまったのなら
新しい人生をもらった?と、その時を精一杯自分らしく生きてみれればいいですよね。
宣告されたこともない人のお気楽な考えと言われるかもしれませんが、少なくとも
伴侶が受けた心の重荷は、パートナーだからこそ共有できるんだと思います。
ご主人は自分の命より、きっとご家族を残していかねばならないことに、血の涙を
流す思いでしょう。私も妻が亡くなった時は、哀しくて泣きとおしました。淋しくて
辛くて・・・。でも、今になって、あの時の妻の無念はいかばかりかだったろう・・と
その思いに涙がこぼれます。息子たちも病室では決して涙を見せませんでした。でも
棺を見送る時、あれほど激しく泣く姿を初めて見ました。私が妻を失ったと同じように
彼らは母を失ったわけですね。泣くのはいつでも泣けます。今は、明日を信じて
今日を精一杯生きる・・・。それでいいのではないでしょうか・・。
まず、お正月、是非ご自宅で家族そろって過ごすことができるといいですね!
願えば、思いは必ず叶う・・・といいます。私も、微力ながら心からお祈りしています。
 

はじめまして

 投稿者:ゆぅ  投稿日:2004年12月15日(水)19時34分44秒
返信・引用
  同じ痛みのわかる方の体験談を探して、こちらにたどり着きました。
私の主人は37歳で、今年の夏にスキルス性胃癌と診断され余命2〜3ヶ月と言われました。
切除不能のため抗癌剤による化学療法のみで3ヶ月以上入院していますが
容態も安定しており もしかしたら年末年始は自宅で!?と望みを抱いています。

とはいえ、宣告されてから かなりの期間 主人と毎日ただ泣いて過ごし
言いようのないショックと不安、まだ小さい子どもへの対応や将来を心配してきました。
主人とは毎日話し合っていますが、お互いに、先の見えない不安と孤独感を感じているというのが実情です。

こちらの闘病日記は、涙 涙で拝見しました。
最愛のパートナーを失うかも知れないという言葉にならない悲痛や
病魔に侵されたパートナーに自分は何をしてあげられるのか…非常に参考になりました。

私は今も暗闇の中で答えは見出せませんが
こちらで 皆様の体験や いろいろな助言を拝見したことは心強い光となりました。
本当に ありがとうございます。

来月38回目の誕生日を迎える主人です。
自宅で子どもと家族3人水入らずで過ごすのが、今の ささやかな夢です。
妻として、悔いのないバースデーにしてあげたいと思っています。
(初めての書込みで長文 失礼しました)
 

(無題)

 投稿者:なお  投稿日:2004年12月13日(月)12時22分22秒
返信・引用
  お返事ありがとうございます。
生まれてくれば死んでいく確かにそのとおりだと思います。
だけどその生きていく人生の中でたくさんの人に出会い、たくさんの人に助けられていきます。
だから人が、大切な人が死んでいくのが辛いのですね。
私も今を精一杯生きていきたい。もし明日命をなくしたとしても後悔の残らないように。。
今苦しんでいる人もたくさんいますよね。私はそんな人たちにたくさんの生きる希望を与えたいです。
まず何をしたらよいのでしょうか?正解などないと思いますが、私は「笑顔」の大切さを言葉ではなく普段からの表情で表していこうと思います。
笑顔は周りの人にも幸せを与えると思うからです。
上を向いて歩いていく…それが私の今の目標です。
 

↓ひまわりさn

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月12日(日)19時46分52秒
返信・引用
  後悔のない人生など有り得るのか?でも、もし有ればそれは幸せな人間なのだと幼い秀雄少年は考えていた。つまり、日々真剣に生きること、今日出来ることを明日に残さない人生。勿論、人それぞれの人生、、余命宣告は、後悔のない人生を秀雄に呼び起こす事に繋がっていく…。幸せな人間でありたい。。。
以前放送された「僕の生きる道」の主人公の独白です。人が人の命の長さを宣告するなど
不遜極まりない・・・と余命宣告を否定する医師もいます。たかが統計上の数字にすぎないん
ですけどね。もし亡くなる確率が他の人より高いなら、それだけしっかりと生と死を見つめて日々を生きたい・・・。私は余命宣告されたらその時点で、延命は拒否したいと思ってます。
かの秀雄先生のように、命の炎が消えるその日まで精一杯生きてみたい。
それで素晴らしい人生だった・・・・と思えれば、最高ですよね。
なかなか難しいことですけど・・・。今は混乱して、何をどう考えたらいいか
迷路に入ってしまったような状態かもしれません。でもまず考えることは
奥様の人生です。どうすればいいのか・・・考えてみましょう。余命が来たからといって
すぱっと幕が下ろされることなんて決してないのですから・・・。



 

こんばんは

 投稿者:ひまわり  投稿日:2004年12月12日(日)19時03分55秒
返信・引用
  この前は、貴重な情報ありがとうございます 
セカンドオピニオンやってきました やはり、何にも変わらなかったです 余命数ヶ月から1年未満でした 治療法もキッパリ無いですって言われてしまいました 帰りの電車の中で妻に何て報告したらいいのか、考えて余命の事は言わず 今の治療法で大丈夫とだけ言いました でも、これだけ悪化してるからもう妻はすべてお見通しかもしれません
ある、健康食品のカウンセラー受けたのですが、やはり消化器系が働いて無いと効かない
って言われてしまいました(妻の場合小腸が動いてない) もう成す術が無いのです
これからは、妻が安楽な気持ちになるようにして行こうかと思います
てつさん、ありがとうございました
 

KAZEさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2004年12月11日(土)15時41分36秒
返信・引用
  ありがとう!KAZEさん。  

ミミさんへ

 投稿者:kaze  投稿日:2004年12月11日(土)13時41分51秒
返信・引用
  てつさんのお手伝いでちょっとだけ言わせてください。私はスキルス癌患者です。私も夏に胃の全摘手術を受けました。でも癌細胞は+で今もTS−1の服用をしています。退院してからもずっと検査、検査続きです。私は癌告知されたときも入院している時も今も家族の前で涙は見せたことはありません。死というものを受け止められない自分がいることも確かですが何より家族にミミさんのような思いをさせたくないからです。今も毎日のように薬の副作用で下痢、嘔吐、食事を摂ればダンピング症候群で肉体的には辛い事ばっかりです。でも私がもどしているところも家族には分からないように努めています。余計な心配はさせたくないからです。私には13歳の娘がいます。今は毎日一緒にお風呂に入り「私のお肉お母さんにあげる」なんて冗談を飛ばしあい笑いが絶えない時間を大切に生きています。なによりもそんな時間が私の宝物なんです。私がいなくなったらこの子は…時々想像したら夜布団の中で涙が止まらないこともあります。だからミミさん元気で頑張って!!病人にとって家族の笑顔が一番の宝物なんです。負けないで下さい。私が子供達に望む事はもしも私がいなくなっても早く元気になって毎日を楽しく幸せに強く生きていってほしい。体はなくなってもずっとあなた達の傍で守ってあげるから…たぶんミミさんのお父様も同じ気持ちでいらっしゃると思います。  

以上は、新着順401番目から500番目までの記事です。
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