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散骨

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年11月 1日(火)09時37分26秒
返信・引用
  遠く離れて住んでいるけど夫の父は散骨を希望しているそうです。息子達は離れて住んでいるし、お墓を買っても継ぐ家族はいないし、お墓に子供達を束縛したくないと言う気持ちだからかな。
東北の祖父母や伯父夫婦の入った墓は手入れする人もいなくて荒れているそうです。
近所の友人達は自分達の為に墓地を買ってほっとしたそうです。
散骨もいいなと思う。でも祈る場所も欲しい。
万が一の時にはどうするのかなとなんとなく不安です。
 

↓寂しいけれど

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月30日(日)12時38分2秒
返信・引用
  マツさん、こんにちわ。
散骨ですか・・・。今はだいぶ増えてるようですね。お墓の中に納めておいても、33回忌が済むと、壷から出して土に戻すんですよね。やはり、それが一番自然なんでしょうか。お好きだったハワイの海へ還れれば、きっと喜ばれますよね。うちに近くでも、樹木葬をはじめた霊園もあります。墓碑のかわりに、桜の木を植え、まわりに散骨するそうです。秋も深まり、朝晩は思わず暖房を入れてしまうくらい冷え込んできました。体調を崩さないよう、お仕事頑張ってください!(^^)!
 

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月30日(日)08時29分58秒
返信・引用
  お疲れ様でした。お辛い中、立ち寄っていただきありがとうございます。
お父様も、ゆなさんのご家族の方も、10ヶ月間、絶えず不安と憤り、後悔、希望・・・
様々な想いの交錯した毎日だったと思います。
最後は、お父様も昔の元気なお顔に戻られたのですね、それを聞いて、少しほっとしました。
何十年とご家族のために身を粉にして働いてきた時間の終わりは、せめて安らかに
旅立っていたたきたいです・・・。
これから、しばらくは、そういつまで続くのかはわかりませんが、いままでの日常とは違った毎日が繰り返され、それは決して後戻りできる時間ではありません。でもどうか、ご家族皆様の夫々の心の中に、お父様を想い、夫々の人生をまっすぐに歩いていって欲しいとです。
最後に、長い闘いご苦労様でした。心からお父様のご冥福をお祈り致します。
 

久しぶりの顔

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年10月30日(日)00時30分8秒
返信・引用
  こんばんは。先週21日に父が他界しました。昨年末のスキルス胃癌での胃全摘から約10ヶ月間いろいろな事がありました。本人がもちろん一番苦しかったし悔しかったと思いますが家族も本当に毎日つらい日々でした。でも久しぶりに見る痛みのとれた穏やかな父の顔に戻りこの世を去りました。心拍停止に私は間に合いませんでしたが兄弟が一緒に居てくれたので父も寂しくなかったと想います。まだ現実を完全には受け止められていないくて今はまだ笑っている写真を見ると「ただいま」って帰ってくる気がしてしまいますが。これからは残された母を支えながらいつか笑って父の話ができるようになりたいです。  

寂しいけど

 投稿者:マツ  投稿日:2005年10月29日(土)21時39分33秒
返信・引用
  どこか安心したような、そんな気持ちもあります。
これで叔母もゆっくり静かに眠れるんだな、と。

叔母の父、つまり私にとっての祖父は太平洋戦争で真珠湾攻撃に参加した人です。
年も取ったし元気なうちにもう1度真珠湾を見たい…ということで、3年前、祖父母、兄、私、そして叔母の5人でハワイに行きました。
実はその時、つまり3年前の9月3日に撮った写真を、9月3日の告別式で遺影として使ったのです。
撮った時は、まさか3年後に遺影として使うとは思ってもみませんでしたが…単なる偶然とは思えないようなこともあり、祖父母の願いでハワイで散骨しようということになりました。
叔母の誕生月でもある4月に行けたらいいね、と話しているのですが、入国審査の段階で遺骨持ち込みを拒否される場合があるということで…色々調べてみないといけません。

こちら大分の方もだいぶ冷え込むようになってきました。
寒いけど朝の空気って冷たく澄んでいるので結構好きです。
でも仕事には行きたくない…(笑)
 

↓マツさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月25日(火)22時08分2秒
返信・引用
  納骨済まされましたか・・・・。ひと区切りですね。単なるカルシウムの塊といってしまえば、それまでですが、やはり日本人の宗教観からすると、お骨というのは、特別なものがありますよね。あの高倉健さんが、親御さんを亡くされた時に、撮影で行けないので、葬儀の席で、お骨をかじって「俺の体の中にいれていく」といったそうです。うちにも、分骨した小さな骨壷が私の居間においてあります、ニャンコやワンコのお骨と一緒に3個並んでます。そして、マツさんが考えたように、砕いたお骨を、ティヤードロップがたのペンダントに入れてあります。ちゃんと売ってるんですよね、ネジ蓋がついててね。あと、キーホルダーには、遺髪と粉の骨がはいってます。
こちら神奈川は、朝晩結構冷え込むようになりました。
マツさんもご自愛ください。
 

とうとう

 投稿者:マツ  投稿日:2005年10月24日(月)22時03分5秒
返信・引用
  昨日が納骨でした。
これで本当に一つの区切りがついた、という気がします。
一昨日はずっと左の肩が重く痛み、もしかして叔母が会いに来てるのかな、なんて思いました。
本当の子供のように可愛がってくれていたので、姿はなくてもきっといつも見守っていてくれるんだな、と思うと心があたたかくなります。
納骨の前に少しだけ骨を分けてもらったので、しばらくしたらペンダントに加工してもらおうと思っています。

ここに辿り着いたのも何かの縁だと思いますので、これからもお邪魔させていただきます。
冷え込みが厳しくなってきたので、お互い風邪などには注意しましょうね。
 

てつさん↓

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年10月22日(土)00時18分40秒
返信・引用
  旅行のこと実は少し後悔していたので、そう言ってもらえるとありがたいです。教えていただいたホームページ早速いってみました。とても参考になりました。ありがとうございます。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月21日(金)18時22分53秒
返信・引用
  旅行から戻られてから、あまり体調よくないとのことで、心配していました。きっと体力的に疲れたのでしょうね。でもお父様の心の中には、貴重な想い出が刻まれたものと思います。腹水がたまられたとのこと、心配ですね。私の友人がスキルス癌専門サイトを開いてますので、一度覗いてみてください。http://www13.ocn.ne.jp/~sukirusu/MyPage/menu0.html
スキルスに対する熱意・知識は頭がさがります。また、現在スキルスと闘っておあられる方々の意見も参考になるかと思います。家族は最期まで諦めない。諦めるのは、いつでもできることですから・・・。
 

こんにちわ

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年10月21日(金)17時10分55秒
返信・引用
  スキルス胃癌を患っている父の体調が悪くなってきました。今3クール目をやってるんですが、まだ錠剤(TS1)を飲んでるだけなのに全体的に体がむくんで、食欲はかなり落ち、お腹がポッコリ膨れてきました。腰と背中の痛みも訴えるようになったし、腹水がたまってきたみたいです。来週から点滴(CDDP)が始まります。不安な気持ちでいっぱいです。  

↓マツさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月18日(火)20時47分56秒
返信・引用
  ご無沙汰でした。お元気ですか?早いですね、もう49日ですか・・・。哀しみは消えることはないけれど、薄紙を剥ぐように少しずつ少しずつ色を変えていくようです。まさに、時は日薬なんですね。ロシア正教では、手元にお骨をおいておくと、破門になるようです。宗教によって、死の捉え方もちがうのですね。ようは、祈る気持ちの問題だと思うのですが・・・。1000の風では「私はそこにはいません。青空を渡る風となって、あなたの周りにいつもいます」といっています。それでも、お墓の前に立つと、なぜか心が落ち着くのはなんなんでしょうね?  

早いもので…

 投稿者:マツ  投稿日:2005年10月17日(月)22時18分40秒
返信・引用
  以前、胃癌で亡くなった叔母のことを書き込ませていただきました。
早いもので、昨日は四十九日の法要でした。(本当は明後日の十九日なのですが)
まだ納骨はしていないのですが、手元に置いておくのも辛いので…ということで、
そう遠くないうちに納骨することになりそうです。
まだまだ辛いし寂しい気持ちは消えないけれど、四十九日と納骨を一つの区切りとして、
少しずつ元の生活を取り戻していきたいと思います。
いつまでも泣いてばかりいては、きっと叔母も悲しむと思いますので。
 

帰ってきました

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年10月17日(月)02時20分41秒
返信・引用
  無事旅行から帰ってきました(*^_^*)余裕をもって予定をくんだつもりだったんですが父には少しハードだったみたいで帰ってきてから体調がよくないです。今週からまた抗癌剤始まるのに心配(T_T)背中の痛みをやたら訴えるのですが…病気が進んでなきゃいーけど、なんだか不安です。  

お詫びm(-_-;)m

 投稿者:MIDI  投稿日:2005年10月13日(木)19時11分13秒
返信・引用
  ↓ここ、画像貼れませんね(゜人゜)(-人-)ゴメンネ

タグを貼っては見ましたが・・・失敗

では、またお話しましょね(^.^)/~~~

http://midi.kuronowish.com/

 

ご無沙汰でした〜〜♪

 投稿者:MIDI  投稿日:2005年10月13日(木)19時01分1秒
返信・引用
  ようやくの再会〜〜ありがとうございます(^^ゞ
今後とも宜しくお願い致します。

上田の無言館で、鳥肌が立つほどの感動されたのですね!
URLをありがとう。
「祈りの絵」拝見しました。あれは、恋人の絵でしたね?

当事は、珍しい事ではなかったのでしょうが
戦争経験者が少なくなりつつ今、語り継ぐ人が
いなくなり、あの無念さが伝わらなくなっています。
若い方達に是非、訪れて欲しい「無言館」。。。
と思います。

★…★…★…★

今日は、苫小牧の紅葉をお届けしようと思い
支笏湖まで行ってきましたが、ちょっと早くて・・・
今年は、暖かくて紅葉も今しばらく。

お届けは、9月24日に撮影した支笏湖。
夫が、樽前山頂で「絶景だ」と感動して
写した一枚〜〜感動が伝わりますか?!

※画像が重くて、邪魔になったら削除して下さいね(*・人・*)

<img src="http://midi.kuronowish.com/tarumae03.jpg">

http://midi.kuronowish.com/

 

無言館

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 9日(日)20時40分8秒
返信・引用
  長野県上田市の「無言館に行ってきました。戦没画学生たちの「祈りの絵」はコンクリートが打ちっぱなしのひっそりとした建物の中に、静かに置かれていました。「あと、5分、いや10分、この絵を描き続けていたい」という思いを胸に、彼らは、戦地へ赴きました。生きて帰ったら必ずこの絵の続きを書くから・・・。それは、母であり、恋人であり、最愛の人たちにむけて。絵の具の剥げた落ちた、入り口の大きな「出生兵士の画」の前ではただただ、無言で立ち尽くし流れる涙を禁じ得ません。彼らの熱い思いを、半世紀以上たった今、私たちは受け止められてるのでしょうか。私は、いわゆる団塊の世代です。安保闘争、安田講堂・・・。私たちは、「戦争を知らない子供たち」といわれながらも、懸命に、世代の繋ぎ渡しをしようともがき苦しんだ。いま、その団塊世代Jrたちは、ちょうど彼らが学生と同じ年代です。どうか「一度だけでいい、あなたに見せたい絵がある」そして、なにかを感じ取って欲しい・・・。  

分かち合いの会

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 5日(水)23時41分56秒
返信・引用
  で、でた話題です。亡くなったご主人や奥さんのいわゆる死に顔を写真に収めるという行為・・・。結構やられてる場合が多いのにびっくり。伴侶は不快感を示してるけど、親戚が遠く離れた老齢の父に会わせてあげたいとか、妹が兄の最期の姿、いわゆる死化粧をした顔が、病の疲れも消えて昔のきれいな顔で、どうしても覚えておきたいとか・・・。たしかに、しいちゃんも30Kgを割ってガリガリにやせ細ってたけど、最期の一息を吐いた後、見る見るうちに、ふっくらと昔の元気な顔に戻った。あぁ、これで癌の奴も去っていったんだと思ったのを思い出します。どちらにせよ、哀しいポートレートには違いないけど・・・。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 5日(水)23時35分46秒
返信・引用
  どうか、楽しい旅行にしてきてくださいね!!  

こんにちわ。てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年10月 5日(水)12時54分58秒
返信・引用
  暖かい言葉ありがとうございます。スキルスは本当に怖いです……今あんなに元気で食欲もある父が余命宣告されてるなんて信じられません。でも事実は事実。実際あとどの位一緒にすごせるかわかりませんが、元気なうちに来週家族みんなで海外旅行に行って参ります。  

こんばんわ、ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 3日(月)22時48分49秒
返信・引用
  まあるいガトーショコラ買ったら、食べきれましぇーん!(^^ゞそうだよね、うちには男二人しかいないんだから。さっきTV見てたら、三船美佳ちゃんが審査員で出てて、突然旦那の高橋ジョージが歌いながら出てきたんだよね。その時の彼女の素の反応、とっても微笑ましかった。あんなに歳が離れてるのに、ほんとアツアツって感じだったよ。幸せなんだね、きっと。彼女、きれいになったもんね、最近。
うちは兄弟もいないし、親戚付き合いもあまりなかったから、親父が倒れても波風たたなかったけど、世間では骨肉の争いとかよく聞くよね。ゆなさんの目から見ると、きっとほんとに哀しいことなんだろうね。お父さんのことだけ考えてあげたいという、やさしい気持ちが、みんなに伝わるといいね。
 

こんばんは

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年10月 3日(月)22時20分33秒
返信・引用
  30周年の結婚記念日のお祝い…てつさんの奥様は今もてつさんに想われて幸せだろうな(5年目の私には30年の長さが想像つかないのですが羨ましく思えます)。
てつさん、最近私は嫌な人になってきました。父が癌になり今日までの間には兄弟間の考えの違い、親との距離感、親戚との関わり、探り合い…など今まで考えたことの無い事だらけで人間不信に陥りそうでした。人の生死が関わっているのにどうして?って。自分も何も役に立てないから自分を責めたり同時に周りをも責める気持ちが出てきてしまうのです。今は父のことだけを考えてあげたいのに…。
 

↓さちさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 3日(月)20時42分25秒
返信・引用
  無事ご出産おめでとうございます!(^^)!いわゆる高齢出産ですよね、大変だったことと思います。でも元気な男の子とのこと、ほんと嬉しいですね。
お姉さまも、お元気そうでなによりです。体重が増えるのは良い兆候ですよ!抗癌剤がフィットしたんでしょうね。このまま、いい方向に向かっていくといいですね。また、来年にはもうひとつおめでたいことがあるし・・・。スキルスも付け入るすきがないのでしょう、きっと。皆さんで力をあわせて頑張ってください。(^^♪
 

(無題)

 投稿者:さち  投稿日:2005年10月 3日(月)17時25分37秒
返信・引用
  てつさん ご無沙汰していました。
私は、9月17日に無事男の子を出産しました。40歳過ぎてからの出産で心配もありましたが、母子共に元気です。姉も、元気で医師からの宣告から二ヶ月も過ぎようとしています。抗癌剤も、副作用が少なく体重も増えたと言っていました。この調子じゃあ仕事を始めようかな〜なんて言ってます。周囲もびっくりです。姉の長女が来年三月に出産なので、頑張ってほしいです。スキルスが、憎くてしかたありません…
でも、手術も出来ない以上、共存ではないけれどこのままおとなしくしていて・・と、願うばかりです。
 

樹里亜さん↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年10月 2日(日)18時06分11秒
返信・引用
  ご無沙汰です。今日は夏のように蒸し暑い一日でした。でも、暦は今月入れてあと3枚。早いですねぇ。歳とともに、時の流れがどんどんスピードアップしてるよう。そんな中、30回目に結婚記念日でした。ショートケーキを買うつもりが、丸いガトーショコラケーキを買って、30thと入れてもらいました^_^;Happyと入れますか?って聞かれたけど、さすがにHappyはねぇ・・・。真珠婚式だそうです。
ライオンズねぇ・・・。さすがに、今年は、遠慮しちゃう感じ。これで勝ったら、全パリーグfanを敵にまわしそう(^^ゞでも、まぁルールだから・・・。今年は明らかにホークスとは実力差があるから、普通にやってれば、ソフトバンクの優勝ですよ!問題は、それより、清原だ!紙切れFax一枚、たった2行で9年間のG生活を切られたのは、ちょっと可哀想。そうやって、広沢も川相も金で取ってきては、ぽいっと捨てたんだね、巨人は。楽天とオリ、そして西武も獲得の検討を始めたとか・・・。あの小百合ちゃんが、「清原クンとは絶交です」と嘆いた経緯もあるしね、難しいね。でも、ライオンズfanにはあの細身の背番号3のキヨが焼きついてますよ。できることなら、野球人生の最後は、再び所沢で終わって欲しいという気もする昨今です。
 

結婚30周年 おめでとう!

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年10月 2日(日)15時14分1秒
返信・引用
  てつさん ご無沙汰していますが お元気ですか?
今日は亡くなられた奥様の月命日でもあり 結婚30周年なんですね。
優しくて奥様思いのてつさんは 今日はしんみり楽しかったことを振り返り奥様との美しい思い出に浸っておられることと思います。

そして遅ればせながら 西武さん プレーオフ進出おめでとう!
あと1週間でロッテとの試合ですね。
我がソフトバンクとしましては 西武さん ロッテさん どちらも手ごわいですが・・・。
ソフトバンクとの試合時には 力を出し切ってくたびれはてた西武さんに出てきてもらいたいですぅ。(笑)
そして必ず昨年の敵を討たせていただきますよ。
きっぱり!!!!

季節の変わり目で風邪引きさんの多い時期 体調管理にはくれぐれも気をつけてくださいね!
 

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月30日(金)20時49分11秒
返信・引用
  さぞ、お辛い日々か思います。真実を隠して装って接するということは、本当に辛いですよね。でも、もう3ヶ月以上経過されて、進行も止まってるとのこと、諦めずできる限りのことを皆で協力して支えてあげてください。ひかるさんをはじめ、周りの方々も、健康に十分留意してくださいね。  

私の父

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年 9月30日(金)18時23分36秒
返信・引用
  私の父も今年の6月にスキルス胃癌が見つかりました。手術はできない状態だそうです。今は抗癌剤が、そこそこ効いて進行はとまってますが…根治は不可能だと言われています。本人にはガンがあることしか言ってません。本当につらいです。  

COSMOS

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月22日(木)21時50分27秒
返信・引用 編集済
  あらき ゆみさんのCOSMOS展にいってきました。

  幾千年の時が過ぎても 幾千年の時を待ちつづけても 私はあなたに逢いたい

  そして必ずめぐり逢い 心に橋をかけて あなたの心へとわたりたい

  そしてもう二度と哀しませないよう

  いつまでも いつまでも 誰よりも 暖かな ぬくもりをささげたい。
 

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月20日(火)14時34分30秒
返信・引用
  お彼岸の入りは、激しい雨になってます。モルヒネによる意識の混濁はつらいです。別の人格にさえ感じてしまいます。でも、本人は、痛みからも解放されて、過去の世界を自由に飛び回ってる・・・。そう考えれば、少しは救われる気がしました。うちの場合は、天上の小さなシミを見つけて、ガス栓閉めて!と叫んで、看護師さんの髪の毛を掴んで振り回してました。どこにあんな力があるのかと思いましたけど。  

てつさん、こんばんは

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年 9月19日(月)23時31分21秒
返信・引用
  今日の父は熱のせいか(この数日間解熱剤も効かず下がらない)貼るタイプのモルヒネ(かなりの量)で使用しているせいか、ぼーっとしていました。昨日撮影した下の子の七五三のビデオ映像を見せると何を思ったのか「撮ってみて」と。久しぶりに撮った父はビデオのレンズを不思議そうに見ながら「水が出てきそうだよ」と。どうやら幻覚のようで少し悲しくなりましたが、私にとって大切な父です。できるだけ会いに行くからね。  

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月19日(月)15時43分49秒
返信・引用
  毎日厳しい状況が続き、ご家族も大変なご心労とお察しします。あいかわらず、モルヒネはうたれてるのでしょうか?痛みは緩和されますが同時に意識も薄れてしまい、そんなお父様を見るのも辛いですよね。きっと、いろいろな思いをご家族に伝えたいのでしょうね。長年連れ添ったお母様なら、きっと何が言いたいのかは、わかってらっしゃると思います。どうか、一日一日を大切にお過ごしください。諦めるのはいつでもできます。最後まで、最後まで悔いのないように。  

ごめんね、お父さん。

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年 9月18日(日)23時33分22秒
返信・引用
  てつさん、こんばんは(先日はお言葉ありがとうございました)。一昨日父に会ってきたのですが、泣くのを我慢した表情で何か言いたげ(伝えたいよう)なのに私も母も全然分かってあげる事ができませんでした。今まで仕事やその他でも辛い時が沢山あったと思うけどいつも自分だけで抱えて乗り越えて突っ走ってきた父…でもせめてこんな辛いときぐらい弱音吐いてもいいのに。せめて最後のお別れがくるまでは長年連れ添った母にだけには伝えたいこと伝わるといいなと思います。  

↓結婚記念日

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月18日(日)22時16分59秒
返信・引用
  そうですか、何回目になるうでしょうね。二人の月日を重ねるほどに、燃え上がっていた炎は、色も形も変えてきますね。でも、そこには阿吽の呼吸みたいなものが芽生えてくるのではないでしょうか?ビタミンさんは、ちょっと心の風邪をひいてしまったご主人の傍で、ずっと歩調を緩めながら歩いてこられたんだと思います。時には走ったり、立ち止まったり、ゆっくり歩いていきましょうよ。大切な人が隣にいるということは、素晴らしいことなんだから・・・。Let it be.  

結婚記念日

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年 9月15日(木)23時36分27秒
返信・引用
  なんだか哀しい時にはこのサイトを覗いてしまいます。
今日は結婚記念日。
何かを期待してパートのお休みを入れておいたけど欝の夫は体調が悪くて不機嫌です。
てつさんはとても仲良しの楽しいご夫婦だったのね。
夫婦って何だろう…って考えてしまう。
健康って自分のためのものではないのね。
ごめんなさい。また愚痴です。
 

はじめまして↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月10日(土)17時50分58秒
返信・引用
  お父様への思いが切なく伝わってきました。がむしゃらに企業戦士として突っ走って、やっと得た人生の休息、黄金の秋を癌という病魔に遮られてしまった。さぞ、無念なことと思います。私も老後は、妻と自由に旅したり、孫を腕に抱いて想い出を語ったりと静かな人生の終末期を期待してましたが、癌に奪われてしまいました。立場は違いますが、お父さんの無念さ、いかばかりかと慙愧の思いです。余命はあくまでも、過去データの上に成り立つ推測値に過ぎません。1ヶ月といわれ、数年も頑張った方もたくさんいます。限られた命、生まれた時から、私たちは確実に死に向かって歩んでいくわけです。ただ、いえる事は、死の寸前まで生きているということです。どうか、お父様との時間を大切に胸に刻みつけて、支えてあげてください。  

はじめまして

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年 9月10日(土)01時17分56秒
返信・引用
  こんばんは。64歳の父の胃癌手術から数ヶ月が経ち不安な日々を送っていたところ転移がわかり先日医師よりもって1ヶ月と。仕事好きでがむしゃらに働いてやっと最近自分の時間や夫婦の旅行を楽しんだり、初孫との遊びを楽しみだしたばかりなのに。先週はモルヒネのせいか私や私の娘がわからないこともあるようで娘の「じいじのぽんぽん良くなあれ」の声がとてもつらい。今思えば去年の家族旅行でご馳走を前に「食欲がない」と父が言っていた時に気づいてやればよかったとか他の専門病院で診てもらっていればとか、もっと父に優しくしていれば、沢山話しておけばよかったとか。なかなか現実を受け入れなくて「1ヶ月なんて言って5年とか頑張れるんじゃないか」なんて思ったりも。あとどれくらい父との時間を持てるかわかりませんが、とにかく今は目を開けている時の父との時間を大切にしたいです。  

さよなら、またね。

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月 9日(金)19時28分8秒
返信・引用
  先に逝ってしまった人は、きっとどこかで待っててくれるんでしょうね、きっと。そう思うと心強い気がしますね。とりあえず、一度は「さよなら」だけど、その言葉のあとに
「またね」と付け加えたいです。いすか再びめぐり合うその日まで、「じゃあ、またね」
 

お久ぶりです。

 投稿者: 美咲  投稿日:2005年 9月 9日(金)00時53分15秒
返信・引用
  こんばんは。美咲です。
最近亡き母を思う毎日で御座います。

私が、辛い時、心の母はいつも、笑いかけてくれます。
貴方の心の奥様も、きっといつもわらっているでしょう。
行く先々で思い出すのは・・
母のことだとわかっていても・・・
いつか母と行くはずだった・・・
あの場所についいってしまう・・・
思い出の場所にいってしまう・・・

さよならは、いつまでたってもとてもいえそうにない・・・
母は、私の心に生きているから・・・
 

祈り

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月 8日(木)08時41分39秒
返信・引用
  この世に、大切な人を残し、ひとり旅立つ無念さ、悔しさ・・。残された者同様、逝く人にも無念の思いは色濃く残るんでしょうね。そんな人たちに私たちがしてあげられることは、祈る・・・。祈りの言葉が届き、無念さのもつれた思いが、そっとほどけて、笑顔が戻るように。私たちは、ただ祈るだけ・・・。  

てつさんへ

 投稿者:マツ  投稿日:2005年 9月 6日(火)23時22分28秒
返信・引用
  居なくなったこと、声をかけてももう返ってこないこと。
頭では分かっているけど、たまらなく寂しい。
寂しくて悲しくて後悔の念に押し潰されそうで…、そんな中たどり着いたこの場所。
突然の書き込みにあたたかいお返事、ありがとうございます。

2日が通夜、3日が告別式でした。
やっとお家に連れて帰れたのに、ゆっくりお別れをする時間もなく…。
慌ただしく時間だけが過ぎ、気付けば叔母は小さな骨壷に入ってしまいました。
一段落して少し気が抜ける今が一番辛いのかもしれません。
でも、てつさんの言う通り、叔母はきっと側で見守っていてくれるんだと思います。
後で叔母に会った時に叱られないように、ちゃんと生きていこうと思います。
 

はじめまして↓マツさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 9月 6日(火)09時36分41秒
返信・引用
  お別れしてから4日では、お通夜もまだですよね。突然いなくなった事が信じられなくて、様々な思いが駆け巡ってることと思います。後悔は、誰にも、どんなに手厚く看護しても、必ずあるのでは・・・。もう、一方通行の会話しかできないなんて、辛いですよね。でも、私も妻の死後、不思議な体験を行く度々なく感じました。必ず、叔母様は残された皆さんを見守ってると思いますよ。何故かそんなふうに感じます。これから、きっと肩がふっと重くなったり、耳の後ろに風を感じたり・・。亡くなった人はいろんなカタチでメッセージを送ってきますよ、楽しみに毎日を生きていきましょうね。  

はじめまして

 投稿者:マツ  投稿日:2005年 9月 5日(月)23時19分26秒
返信・引用
  スキルス胃癌だった叔母が逝ってしまって4日が経ちました。
昨年1月に乳癌の手術をし、抗癌剤の治療がやっと終わって喜んでいたら、
今年6月に胃癌が見つかり、全摘出の手術を受けました。
9時間にも及ぶ大手術でしたが、1ヶ月で退院し、経過が良く安心していたのに…。
先月24日、血液検査で骨髄にまで転移しているのが見つかって入院しましたが、
入院3日目にはもう喋れないほどになって…目も見えなくなって…。
叔母といっても、子どもがおらず、私を本当に可愛がってくれたので、
私にとっては母親のような存在でした。
今まで祖父母も両親も元気で、身近な人の死を経験したことがなかったぶん、
余計に辛い出来事です。
喋れるうちに、もっとたくさん話をしておけばよかった…。
喋ることができないけど何かを言いたそうに口が動いていた叔母の姿、
一生忘れられないと思います。
最期まで声を、言葉を聞けた人が羨ましい。
もし、たった一つ願いが叶うなら、声を聞きたい。名前を呼んでほしい。
どれほど強く願っても、もう叶わないと分かっているけれど…。
 

樹里亜さん↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月31日(水)23時08分46秒
返信・引用
  おひさです!暑い夏も終わりを告げようとしてますが、元気で乗り切りましたか?!ホークスはやっぱり強い!ロッテも頑張るんだけど、地力の差ですかな。わがライオンズなど今年のソフトバンクの足元にも及びませんわ(^^ゞでも、なんとか長く野球が楽しめるよう、せめて3位には入って欲しいなぁ・・・なんて思ってます。決して棚ボタがまたおこるなんて夢にも思ってませんからぁ(-_-;)  

てつさん こんばんは!

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 8月31日(水)19時25分8秒
返信・引用
  最近全然更新されないから心配してましたが やっと書き込みが・・・。
お元気でしたか〜?
プロ野球 西武のファンなんですね。
樹里亜は地元だから ソフトバンクの大ファンですぅ!
いつの間にか西武さん オリックスと1ゲーム差になってるじゃ あ〜りませんか〜?!
でもこれで昨年のようにプレーオフで勝って日本シリーズに出ようなんて考えでは???
今年のソフトバンクは昨年のようなずるい事は 2度とさせませんよ!
きっぱり〜!!!!!
お互い今夜の試合が楽しみですね! うふふ!
 

プロ野球

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月31日(水)18時23分45秒
返信・引用
  パリーグは終盤を迎え、プレーオフ制度の3位争いが熾烈になってます。わがライオンズはオリックスとやっと射程距離に捕らえ、直接対決。満を持して登板した松坂が相変わらずの乱調・不調。今シーズンは、ここぞというところで必ず期待を裏切ってくれる。こんなんで、大リーグ挑戦が聞いて厭きれるよね!稼頭央もそうだった、大して守備もうまくないのに、大リーグへ行って、結果はご覧の通り。もっと、まんな自分の実力を見極めないとね。  

投稿削除の件

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月17日(水)12時28分32秒
返信・引用
  ビタミンさんの投稿は、ご本人からのご依頼により
削除いたしました。
 

↓akikoさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月16日(火)21時31分17秒
返信・引用
  あなたが、今感じてること、すごくよくわかります。人の温かさが、かえって
心に重くのしかかる。楽しいことなんて、全然ない、灰色の毎日。話しかけたいのに
その人はもういない。想い出は、みんな心の中の湖の奥深く沈んでいます。
覗き込めば、昨日のようにはっきり見えるんだけど、掬おうとしても指の間から
こぼれていってしまうもどかしさ。喪失という言葉の意味をイヤというほど
知らされた感じがしました。でも、そんな残されたあなたの哀しみは、お母様には
きっと届いていますよ。じっと見守っててくれてるはずです。あせらないで!
冷たい涙が、温かな涙に変わる時が、必ずやってきます。無理して元気を装う
なんて必要ないです。この哀しみは、今しか味わうことのできない哀しみ。
あなたを大きくする時間です。そっと身を任せてみましょうよ、もうしばしの間・・。
 

↓しほさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月16日(火)21時23分24秒
返信・引用
  いかがでしたか?ずっと気になってたのですが・・・。結果が良くても悪くても
決して諦めないでくださいね。下を向かないで、前を向いて歩いていってください。
いつも、気にかけてますからね。それくらいしか、できないけど。
 

やっぱり・・

 投稿者:akiko  投稿日:2005年 8月15日(月)23時50分59秒
返信・引用
  悲しみから 抜け出せない・・ 毎日 何をしても楽しくない・・
人と関わるのが おっくうになってきちゃいました・・。
母が 亡くなってから 人の温度を何となく 感じる時があるのです。
その温度を感じれば感じるほど 人とのかかわりから逃げたいと思うのです。
今までは こんな時 母に話を聞いてもらってたので すぐ元気になれていたのだと思います。
母の偉大さを しみじみ感じると 涙がぽろぽろと・・
まだまだ 悲しみから 抜け出せないようです・・
今すぐにでも・・ 母と同じ世界に行きたい・・ 会いたい・・ 話がしたい・・
 

怖いです。

 投稿者:しほ  投稿日:2005年 8月 8日(月)12時53分8秒
返信・引用
  今日、胃の内視鏡検査を受けてきました。『腫瘍がいくつもある』
『悪性かもしれないから検査してみて、一週間後に結果報告します』とのこと。
私はまだ今年で25歳。不安と恐怖でいっぱいです。
 

↓じゅんこさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月 7日(日)21時43分56秒
返信・引用
  お父様が、癌告知を受けたとのこと、心痛お察しします。詳しい症状がわからないので
言葉を探してしまいますが、まだ68歳、体力も気力も十分だと思います。最初は
ショックで落ち込むこともあるかもしれませんが、そんなときこそ、ご家族の力強い
支えが、何よりの力ではないでしょうか。ご本人の「生きてやる」という気力と
「必ず助ける」というご家族の強い支えがあれば、必ず良い結果が訪れるのでは。
癌は様々です。ひとりひとり違います。決して諦めず、立ち向かってください。
人は、いつか必ず死にます。でも最後の一瞬まで生きて生き抜くことができれば
それは、とても幸せなことだと思います。
 

悲しい。

 投稿者:じゅんこ  投稿日:2005年 8月 3日(水)22時54分43秒
返信・引用
  今日、私の父が癌告知を受けました。父の前では我慢しましたが・・・涙がとまりません。
68歳ですが、まだまだ元気でいてほしいのです。
私たち家族は、これから闘います。
 

ようこそ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 8月 2日(火)18時02分5秒
返信・引用
  こんいちわ、美咲さん。サイト拝見させていただきました。テーマがテーマだけに
運営も大変だと思いますが、頑張ってくださいね。
逝くも地獄、残るも地獄・・・。どちらも辛いですよね。周りの人たちはよく、
「逝ったが勝ちだね」などと苦笑しています。心の中の記憶の湖を覗き込んで
いくら掴もうと思っても、記憶は指の間から逃げていってしまう。それでも
透明な湖にはいつも様々な想い出が映りこんでいる。これを見ながら
ずっと歩いていくのかと思うと、気の遠くなる思いです(~_~;)
 

メール届きましたでしょうか?

 投稿者: 美咲  投稿日:2005年 8月 2日(火)14時40分37秒
返信・引用
  こんにちは。
またお邪魔致します。

人は、何故生きたいのにしななくては、いけない人と、生きれるのに、自分自ら死を選択する人といるのでしょうか?

私の母も、最期まで、生いっぱい生きた人です。母は、自分の死を知り、自分の葬式に着る私の喪服や、連絡先、遺影ようの自分の写真、自分の荷物の整理も全てすませ、病院関係者の方への礼状も用意しておりました。
そして、苦しい日々に書き残した詩・・。

1秒でも多く母の側にいたかった・・。意識の無い中、最後は、私の手を力いっぱい握り、息をひきとったので御座います。

よわっていく母・・看病に疲れる父・・心の行き所の無い自分との戦いで御座いました・。
貴方のご心境が、いたいほどつたわって来るのです・・。
 

また今日もお邪魔致します。

 投稿者: 美咲  投稿日:2005年 7月30日(土)23時29分49秒
返信・引用
  鬱の中から生まれる優しさは、今までに無い優しさなのでしょう。
だから、貴方は、人以上に人に優しく出来る人だと思います。

私も色んな思いから、あるサイトを運営致しております。
1人でも多くの人が、今の悲しみ苦しみから、抜け出す事が、出来ればという思いからです。
貴方も1日でも早く心が、元気になればいいですね。
貴方が、元気に、生活する事が、亡き奥様の思いでもあると思いますよ。

また、顔を出させて頂いて宜しいですか?
 

↓美咲さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月30日(土)22時25分28秒
返信・引用
  ありがとうございます。巻く余地のないゼンマイを巻き上げ続けるような日々。
憂鬱の中から生まれてくる優しさ。苦しみもがきながら、身をよじるように、身体の
一部分がねじきれるような痛みの中からしか手にすることのできない優しさ。
それを手に入れることが出きたとき本当の優しい時間が流れるのだろう。

             「アジアンタムブルー」大崎善生 著
 

サイトの管理人の私にも悲しみはある・・。

 投稿者: 美咲  投稿日:2005年 7月30日(土)09時55分53秒
返信・引用
  はじめまして。
美咲といいます。
私も母を、癌で亡くしております。
今年、7回忌。
貴方の悲しみが、つたわってまいります。
逢いたい・・・むしょうに逢いたい・・・。その気持ちがわかります・・・痛いほど。

その心の悲しみが、1日も早く癒やされますように・・。
 

球児の夏

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月28日(木)07時59分40秒
返信・引用
  母をなんとしても甲子園に連れて行きたい・・・。必死の思いで闘ってきた球児の夢が
準決勝で、大粒の汗と涙となって砂に吸い込まれていきました。彼の夏は、この瞬間
幕を閉じたのかもしれないが、その輝きは、決してこれからも消えることは無い。
彼が流した涙とおなじように、数知れない球児たちが悔し涙でグラブを置いてきた
ことだろう。彼らの思いを知ることは、これからの長い人生で、大きな財産となるにちがいない。
これからは、辛い副作用と戦いながら、朝練に早起きしてくれた母の願いを
叶えてあげて欲しい。夢の甲子園には連れて行ってあげられなかったけど、
家族みんなで、心の甲子園をみせてあげて欲しい・・・。とにかく長い間、ご苦労様でした。
 

お墓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月26日(火)19時39分55秒
返信・引用
  1000の風では、お墓の中に私はいません・・・といってますが、やはり、日本人の仏教感
からすると、亡骸が安置されてる場所として、心に刻まれる感じがします。でも、あの冷たい
石の中に入ると思うと、ちょっとぞっとしますね。今日の新聞に、民間霊園初の
樹木葬霊園が誕生とありました。三本の桜の苗木を取り囲むように、遺骨が安置され
てるようです。自然回帰思想とあいまって、これから注目されるのでは・・。
価格も一区画50万とか・・・、もっと早くわかってれば、しいちゃんもそこに
入れてあげたのにね。あんなに花が好きだったから・・・。桜の下で眠れるなんて
最高。
 

↓akikoさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月20日(水)00時24分6秒
返信・引用
  お久しぶりです。納骨済まされましたか。身近にあったお骨が、冷たい土の下に
安置されえtしまうと、なんかぽっかりと穴があいた寂しさにおそわれますね。
ロシア正教では、お骨を持っていると烈火のごとく起こられるそうです。魂は
形骸化したお骨には宿ってないと・・・。でも日本人仏教感からすると、やっぱり
寂しいですよね。私は、お骨を砕いて粉にしたものをペンダントに入れて持ってますが
これもキリスト教では×なんでしょうね、きっと。
いたこの口寄せで、3回忌が済むまでは、天上界に魂がやってこないので
呼ぶことが難しいといわれました。どこに魂が存在するかは、いろいろ言われてますが
私は、いつも妻が、青空の中を飛び回ってると信じてます。だから庭の花を手入れしてると
不思議と蝶がひらひらまとわりついてきます。akikoさんのお母様も、とりあえず
49日供養を済まされ、いまやっと自由にあなたのまわりを翔び周ってることと思いますよ。
必ず、ふっと肩が軽くなったり、ぽっと温かくなったりすることが、ありますよ、絶対。
再び、逢って楽しい茶飲み話をするためにも、いろんなことを経験し、お母様に
話してあげてくださいね!
 

てつさん

 投稿者:akiko  投稿日:2005年 7月19日(火)20時57分51秒
返信・引用
  お久しぶりです。昨日 母の49日の供養と お墓に納骨しました。
お坊さんのお話で・・ 亡くなった日から49日までは こちらの世界に魂がいます。
49日をすぎると 魂はあちらの世界に完全にいってしまい 毎年お盆にこちらの世界に帰ってくると話を聞いたら 悲しみが 増えてしまったようです。いつでも こちらの世界を見ていてくれてるのだと思ってました。あちらの世界でも やらないくではいけない事があるのでしょうか?
お盆にしか帰ってこないなんて・・ もし私が寿命をまっとうして あちらの世界に行った時は会えるでしょうか? 会って お茶を飲みながら話したいですね・・。
 

はじめまして

 投稿者:ゆうたん  投稿日:2005年 7月18日(月)00時26分25秒
返信・引用
  はじめまして。私は母が三月にスキルス胃がんと診断され、すでに手術もできず、抗がん剤もできないといわれ病院からは退院を迫られ、現在は在宅看護しています。四月に胆汁を抜かなければひと月、と言われてからなんとか三ヶ月経ちました。今は水を飲むこともまま成らない状態です。
往診してくれる病院の看護士さんに励まされていますが、金曜日に帰り際、家族の方も心の準備をされたほうがいいでしょうといわれました。先生はひと月でしょうと。悲しくてやり切れません。
母は治るつもりの話を私にしてくれます。温泉に行きたいけれど点滴してたら入れないかしらと。
あとどれくらい一緒にいられるかわからないけれど、母といられる時間を大切に過ごそうと思いました。今日は子供が早く寝てくれたので久しぶりに自分の時間ができました。てつさんの日記読んで涙がでました。いずれはくる母が旅立つ日が一日でも先になるように祈る気持ちになりました。
今は自宅から毎日実家に自転車で子供を連れて通っています。精神的に少し疲れていましたがなんとか頑張れそうです。また書き込みします。どうもありがとうございました。
 

↓樹里亜さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月15日(金)09時39分51秒
返信・引用
  おはようございます。今朝は神奈川も朝から、晴れてすごい蒸し暑さです。
89歳のお義父さま、大変ですね。動脈瘤を抱えてるのも心配だし、高齢でメスを
いれるのも、大変不安なことですよね。よ〜く、担当医と今後のことやら相談して
お義父さまにとって一番よい方法をみつけてください。うちは、両親とも亡くなってるので
老老介護の心配はあまりないのですが、(失礼!樹利亜さんはまだ老ではないかぁ!)
4人も看なければならないのは、お察しします。暑さに負けないよう、しっかり栄養とって
(アルコール以外にね!)乗り切ってください!
 

おはようございます

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年 7月15日(金)06時38分24秒
返信・引用
  とってもとってもご無沙汰の樹里亜ですが てつさん その後お元気ですか〜?
福岡は梅雨明けも間近で蒸し暑い毎日が続いています。
涼しそうな関東が羨ましいな!

昨日89歳の熊本にいる義父が入院しました。
なんでも背中の動脈瘤が5センチもあるので 手術の方向で検査するそうです。
4年前の私の父の79歳での胃がん手術時、ICU症候群に陥り家族皆パニックになったことを思い出すと89歳の高齢で体にメスを入れるのは・・・考えてしまいます。
日曜日にインフォームドコンセントとやらで 熊本に帰ります。
79歳から89歳の4人の老親をかかえる樹里亜は 介護の時代に突入って感じかな?!
来年から大殺界の樹里亜さん、これが序章でしょうか?!

もう暫くで梅雨も空け 猛暑がやってきますね。
てつさん 夏ばてされませんようにご自愛くださいね。
 

てつさんへ

 投稿者:さとし  投稿日:2005年 7月 9日(土)06時33分40秒
返信・引用
  返信ありがとうございます。
てつさんの息子さんと私が同年齢って偶然ですね。
私は一度中退しかけた時期がありました。「ひきこもり」は私も三年ぐらい経験しています。
今は引きこもりではないので、私の経験で息子さんに役立つことがあれば是非情報提供をさせ
てもらえればと思います。今となってはあれだけ大嫌いな勉強でしたが、有名大とはいえない
けど大学まで出してくれた両親には頭が上がりません。
私自身年齢からくる焦りはあります。未だに精神が子供のままだから何もできていないのかな?
なんて思ったりもします。

心療内科には一時期通っていました。ところが最初から薬漬けのようにされてしまい
体がおかしくなってしまったのです。
以来通院もしてないし薬を飲もうとも思わなくなりました。
 

↓さとしさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月 9日(土)00時17分5秒
返信・引用
  ご無沙汰でした。怒りを買うだなんて、とんでもない。訣れは、誰にでも平等にいつかは
やってくるものです。
長男は、妻が亡くなった年に、大学は辞めました。というより、行ってなかったようです。
どうりで、毎日、チャリンコ飛ばして病室へ見舞いに来てました。「あんた、学校は?」
なんて聞かれ、口ごもってましたっけ。結局、以来今まで、家に引きこもってます。
もちろん、仕事にもついてません。親の立場からすると、早く職について、安心させて
欲しいという気持ちです。でも、時代が違うのかな。終身雇用もくずれた現代社会では
違う生き方もありなのかもしれませんね。若いときの道草?は決して無駄にはなりませんよ。
期限をきって自ら追い込まないでくださいね。今は、与えられた自由な時間、自然と
時がくれば、自分の道も見えてきますよ。絶対あせらないこと。他人の目は気にしない。
さとしさんは、心療内科のようなところは行ってるのですか?今はいい薬があります。
私も、ずっと服用してましたが、やっと5月頃から、薬に頼らなくて過ごせるように
なってきました。でも波があるから、またいつ凹むかわかりませんけどね。とにかく
人は人、自分は自分と割り切って、決して自分をいじめるようなことだけは
避けてくださいね。なにかあったらいつでもどうぞ。その道では、大先輩ですから(^^ゞ
 

おひさしぶりです。

 投稿者:さとし  投稿日:2005年 7月 8日(金)12時00分26秒
返信・引用
  こんにちは。精神的にきついこともあってしばらく書き込みを控えていました。
もう一つの理由として私は伴侶や実の両親ではなく祖父を食道ガンで亡くしてるので
他の方から「あなたとは違う」と怒りを買うかもしれないという思いもありましたが、
同じガンで親族を亡くしている者ととして見てくれればありがたいです。

「てつ」さんは長男の方がおられるのですね。私も27歳です。今も学生をしている
のでしょうか?
私は就職したものの鬱病になり、そのまま退職し一度は社会復帰したものの長続き
せず、それ以来アルバイトで生活している情けない人間です。祖父や両親には大変申し訳
ないと毎日自分を責め続けています。せめて両親が生きている間に安心できる姿を見せら
れるように現在は活動しています。
目標は今月か来月までに結果を出すことです。同じ世代で普通に社会人をしている方から
見れば私はとても愚かに見えると思います。しかし、祖父の期待を裏切らないためにもう少し
だけ頑張ってみようと思いました。
 

↓千鶴さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 7月 5日(火)23時34分10秒
返信・引用
  はじめまして。てつです。
亡くなられて10日あまり・・・。悲しさ、恨み、後悔、怒り・・・、様々な感情に
翻弄されて、時がとまったような毎日かと思います。誰もが、いつかは通る道なのですが
どうして私の所が・・・といった戸惑いが交錯されてるでしよう。
でも、お母様はご自宅で最後の1ヶ月間を過ごされたのですね。きっとその1ヶ月は
もっとも濃密な時間ではなかったでしょうか。愛するものを残して逝かねばならない
悔しさは、いかばかりかと察するにあまりあります。私も、息子たちの成長した
姿を見るにつけ「どんなにか、この姿を見たかっただろうなぁ」と胸が痛みます。
伴侶の死の悲しみと、親を亡くした悲しみとは、哀しさは同じですが、どこか
微妙に異なる点もあるかなという気がしてます。子供たちには、何より輝かしい
未来がある。今は、血の涙を流すくらい嘆き悲しんでも、やがてかならず、温かな
希望の涙となってこれからの人生のかけがえの無い宝物になるでしょう。お母様も
それを心から望んでることと思います。どうか、お母様の生きてきた姿をしっかりと
心に刻みつけながら、千鶴さんの人生を歩んでいってくださいね。
また、いつでもきてください!!
 

「がんに効く遠赤外線療法への確信」医学博士  横山正義 (かんき出版)等の紹介他

 投稿者:呉原 裕司  投稿日:2005年 7月 5日(火)21時29分13秒
返信・引用
  呉原 裕司
はじめまして。父が脳腫瘍になり、看病しながら、父が他界した後、ガンを治す方法を見つけました。すでに父は間に合わなかったのですが、これから、まだ間に合う方もおられると思い、父の死を皆様に生かすため、日本中に温熱療法を10数年普及しています。
「がんに効く遠赤外線療法への確信」医学博士 横山正義 著(かんき出版)・「新・遠赤外線と医療革命」医学博士 東 善彦 著(冬青社)の紹介他をします。
 遠赤外線全身温熱療法の特にすぐれた点 末期がん特有の激しい痛みをやわらげる。延命効果がより高い。がん細胞が縮小または消失する。患者さんの体への負担が軽く安全。
がん細胞は、42度の熱にきわめて弱い!
 温熱療法は、21世紀の医療の柱になると言われていますが、現状の難点は病院で保険がきかず,温熱療法の病院施設が非常に少なく、高額治療となります。
 そこで紹介するのが、家庭で簡単・安全・家族中・一生・寝て・座って・車の運転中に・職場で使用できる、炭と超天然石の波動エネルギー!人の手の平とほぼ同じ波長9.8ミクロンの遠赤外線・マイナスイオン・気が発生し、服を着て温浴する遠赤外線温浴!がん・難病・病気の多くの方は、低体温で朝、目が覚めた時の体温が、34度〜35度代。(免疫力が低下し、がん細胞が増殖)体の芯(内臓)の深部体温を1度以上上昇させれば、免疫力・自然治癒力が回復すると言われます。(体温が35.5度で約60%、36.0度〜37.0度で100%の免疫力)
 これで温浴を繰り返されて、低体温を解消、体の芯まで温めて、体内毒素排泄、免疫力・自然治癒力が100%回復し、がん細胞が消失した事例が多数報告されています。「新・遠赤外線と医療革命」医学博士 東 善彦著(冬青社 1500円)・「アトピーは完治する」医学博士 藤田浩 監修(冬青社 1500円)
 産婦人科・助産院で大好評!(この遠赤外線温浴は、赤ちゃんに優しく・妊婦さんが超安産に・本物中の本物です!)
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はじめまして

 投稿者:千鶴  投稿日:2005年 7月 5日(火)16時58分2秒
返信・引用
  私は10日前に、癌で母を亡くしました。まだ45歳という若さでした。
去年の春に県外の短大に入学し、一人暮らしをはじめた私の背中をいつも押してくれていました。
大きな荷物を抱え帰省した私を、駅まで迎えに来てくれたり、一緒に夕飯の買い物に行ったりしていたのも、たった3ヶ月前の春休みのことです。
長女で、妹が2人もいるくせに寂しがりで甘えたな私の、一番の良き話し相手であり、偉大な母でした。
携帯のメモリを見ながら、今この番号にかけてももう、あの優しい声が聞けないのだと思うと辛くてなりません。

10ヶ月間という、1年にも満たない闘病生活の末の出来事で、正直、母が死んでしまったのだという実感がほとんどありません。
最期の一ヶ月以外はずっと自宅にいて、誰が止めようとも家事や仕事に精を出していたようなので、余計…。
父も、「また笑ってひょっこり帰って来てくれそうだなあ…」と寂しそうに話します。
でもちゃんと、受け止めなければいけませんよね。時間をかけてでも、前向きに生きられる日を私は望みたいです。
辛くても寂しくても、大切な人を忘れない強さというもの。今日はここのHPにきて、てつさんにそれを教わった気がしました。
また、お邪魔させていただきますね。
 

↓もろおさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月17日(金)02時18分12秒
返信・引用
  おひさしぶりです。そうですか、ご結婚されたんですか!しかもベイビーまで!!
きっとお母様も、喜んでるでしょうね!!そしてみんなが健康で過ごせるよう
見守ってじゅれてるんだと思います。本当に悲しいときは、涙も出ない・・・という
話はよく聞きます。(私は、大泣きしちゃいましたが・・・!)
今が、幸せであればあるほど、「一緒にこの時間を共有したかった・・」という思いは
いつまでも消えません。でも、そう思うことで、きっと気持ちは届いてることと思います。
私たちが愛した人は、今、風となって自由に時空間を翔びまわってるのだから。
見えますよね、感じますよね、あの不思議な感覚。どうか、お母様の見えない愛と
ご主人やお子さんの温かな愛に包まれて、お母様の生きられなかった分まで
いっぱいいっぱい幸せになってください。
 

お久しぶりです

 投稿者:もろお  投稿日:2005年 6月16日(木)23時41分35秒
返信・引用
  2年前にスキルス胃がんで母を亡くしました。そのとき投稿させていただき、てつさんから返事をもらい前向きに生きてきました。
ほんとは母が一番見たかった結婚をしました。母が生きているうちに式をあげるつもりでしたが、母は自分がきちんとなおってからといって式を延期させ、そのまま逝ってしまいました。
そして今母が生きていたら大騒ぎしたであろう、母にとっての初孫が8月に誕生予定です。
私の体質からいって妊娠中は調子が悪くなるんだろうなと覚悟していました。ところが予想に反して今のところ母子ともに順調です。
きっと母が見守ってるんだと思います。
寂しいけど寂しくないです。母は天国でものんびりせずにいまだ私を監視?してるんだと思います。私もまだ母に怒られるんじゃないかと緊張感のある毎日を送ってます。
みなさんが言ってるように悲しいと涙も出ませんってのはほんとです。そして悲しすぎていなくなった実感さえわきません。ただただ今この現実を一緒に過ごしたかった・・・。
私も母がいなくなったらたった一人でした。
幸いやさしいだんなさんと産まれてくる子がいます。
産まれてくる子には健康で!とそれだけです。

ちょっとずれた投稿かもしれませんが許してください。
一人でも多くの方の癌が治ることを常に祈ってます。
 

お邪魔します。

 投稿者:まち  投稿日:2005年 6月16日(木)11時36分50秒
返信・引用
  はじめまして。母(55歳)が胃癌で入院中のものです。9月に胃癌と告知されすぐ手術になりましたが転移が広範囲であり摘出もできず開腹だけに終わってしまいました。10月には退院し、通院で抗がん剤の投与で治療していました。その時点で余命は半年程で薬の硬化でどれくらい延命できるかと言う状態の中、2月には再入院し現在も抗がん剤で治療をしています。毎日吐き気と痛みに教われている母をみていると辛いの一言です。なんと声をかけて良いかわからず、ただそばにいるだけの毎日でこれでよいのかと不安でいっぱいです。今日は吐血してしまったらしく、死が近づいているのかと思うと気分が悪くなってきます。でも、こんな思いをしているのは私だけじゃなくて沢山の人が癌と闘っているのだと言い聞かせ耐えています。母は父とも離婚し、私は一人っ子なので私しか助けてあげられる人がいません。私は横浜に嫁いでしまったため、夫をおいて4月から実家の栃木に帰ってきております。家に帰っても一人なので考え込んでしまうことが多く抱えこみがちになっているのでここで投稿させていただきました。あとどれくらい生きられるかわかりませんができるだけそばについててあげたいと思います。ただ、母も私がいると心配かけてごめんねというのでそばにいることが逆に苦になってないか?と考えてしまいます。いろいろ愚痴らせていただきましたがまた愚痴らせてください。  

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月11日(土)09時27分11秒
返信・引用
  昨日、DVDで「いま、会いにゆきます」を再見してました。やっぱり哀しい。生まれたときから
別れは決まってるのに、いろんな思いと訣別するのは辛いね。夜は、何年かぶりで
おふくろが夢に出てきた。「おまえ、ひとりになっちゃったんだねぇ。兄弟でもつくって
おいてあげればよかったねぇ。ごめんよ」って泣いてた。俺も気がついたら、枕ぬらして
泣いてた。そう、みんな、逝っちゃったんだよね。
 

↓なーす学生さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月10日(金)19時26分25秒
返信・引用
  はじめまして!ようこそです!!
伴侶の死とは違う、親子の別れの苦しみもあると思います。うちも、息子が大学生の
時に亡くなりました。彼らが、母の死をどういう思いで受け止めたのか、まだ聞けません。
そのうち、時が流れて、孫でも抱く時がきたら、酒でも酌み交わしながら聞いて
みたいかな・・・。
病はもちろんですが、其其の歩いてきた人生があります。なかなか難しいかもしれませんが
どうか、心のケアもできる、温かな看護師さんになってくださいね。そう、心の痛みの
わかる素敵な看護師さんに・・・。!(^^)!
 

はじめまして!

 投稿者:なーす学生  投稿日:2005年 6月10日(金)16時53分16秒
返信・引用
  はじめまして!
胃癌について調べているうちにこのサイトにたどり着きました。
なーす学生と申します。ハンドルネームのとおり、看護学生です。
皆様よろしくお願いしますm(__)m。
管理人さまの奥様の闘病の話を見て、母の病のことが思い出されて
泣きそうになっちゃいました。
私も2000年の8月に母を卵巣ガンでなくしました・・・。
私はそのとき大学生で、ものすごくショックでした。。。
ものすごく悲しくて悲しくて・・・(涙)
言葉に表せないほどの悲しさでした・・・。
「涙も出ないほどに悲しすぎる」とテレビである人が悲しさを表現されておられましたが、
本当にそうでした・・・。
今まで親不孝ばかりしてきたから、もっと親孝行すればよかったと思います。
そして看護師になりたいと思い、今に至っています。母の死がきっかけで看護に進みたいと思うようになりました・・。でも父にまたお金をかけて学校に行かせてもらっていること自体、また親不孝してると思います・・・・。でも亡き母のためにもナースになって頑張っていこうと思いました。
ではまた来ます。乱文ですみませんでした。
 

あいこさん(;。;)

 投稿者:のぞみ  投稿日:2005年 6月 9日(木)00時39分20秒
返信・引用
  お母様のご冥福お祈り申し上げます。
私も同じ気持ちで生活しているものです。
悲しいですよね、苦しいですよね、何をしたら喜んでくれるんだろう。
何で先に行っちゃうの?って思いますよね・・・(;。;)
だけど、優秀な人だからこそ、神様が手元のおきたくて早く呼んだんだと思います。
その中に、選ばれたのですよ・・・。
私も、今は生きて、父のためにも一日、一日を大切に生きてます。
すごく寂しくてなきじゃくる日もあれば、父のために笑って過ごそうと出来たりで
毎日不安定ですが、がんばってます。あいこさんもお母様のために笑って過ごせるよう
がんばってください。私もがんばります。
 

akikoさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月 7日(火)21時44分28秒
返信・引用
  心よりお母様のご冥福をお祈り申し上げます。
もう、お母様の御霊は天上へ上られたでしょうか。憎い癌に蝕まれた体は
もう脱ぎ捨てて、新しい世界へ向かってることと思います。akikoさんやご家族を
残して逝くことは、さぞ無念だったことでしょう。でも、お母様には悲しみに
打ちひしがれてるakikoさんの姿ははっきりと見えてるはじです。私は、「元気ださないと
お母さんが悲しむよ」なんて言葉は言えません。失うことの哀しみは、例えようも無く
辛く悲しいから・・・。泣きたいときは、堪えようとなんかしないで。心のままに
涙を流してください。涙ってこんなにもあったっけ・・・と思うくらい。
その涙は、今は冷たいけど、必ずお母様が温かく優しい涙に変えてくれるはずです。
無理に抜け出そうとぜず、今は静かに悲しみに浸ってお母様を偲んでください。
その祈りのような思いが、天国のお母様に届き、お母様の無念さ・悲しさを
ほどいて溶かしていく・・・。そして、同時にakikoさんの悲しみも色を少しずつ
変えてくれるはずです。
お母様と過ごした最後の時間は、akikoさんの宝物。大切にしてくださいね。
私は、いつもこの掲示板の下で、ギターを弾きながらぼんやり、青空を眺めてますから・・・。
 

やっぱり・・

 投稿者:akiko  投稿日:2005年 6月 7日(火)20時48分7秒
返信・引用
  母は いってしまいました。5月31日の朝方・・・ 心に大きな穴が ぽか〜んとあいてます。
毎日病院と家と 何往復したことでしょう。 それが今は 何処に行っていいのやら・・。
今は まだ 悲しみから抜け出せないですね。いつになったら 抜け出せるのでしょうか。
これからもっと 悲しみの中にはいっていくのでしょうか・・? 
 

↓大切な日々

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月 4日(土)08時06分2秒
返信・引用
  そうですね、いつの日か「癌の特効薬」ができる日がくるんでしょうね。妻も「苦しくても、頑張ってればいい薬が発明されるかもね」と笑ってました。
残された者にとって「後悔」は尽きないものです。どんなに完璧に介護しても、「あの時ああしてあげれば」とか「こうすればよかった」と沸々と後悔の念が沸いてきます。
やはり、もう何もしてあげられない・・・という思いのなせる感情でしょうね。
でも、その思いはきっと天国に届いてますよ。だから悲しみに打ちひしがれた心も
薄皮を剥ぐように癒されてくるんだと思います。江藤淳氏のように病室の窓から眼下の
車の流れをみつめ「こうしていても、妻がなくなれば、やがて現実の流れの中に
戻っていくのだろうと考えていた私は、なんと生と死の時間に対し不遜だったのか」と言葉を残し、最愛の奥様の元へ逝かれた方もいます。それはそれで、だれもとやかく言うことはできないと思います。逝くも残るもそのひとの人生ですから・・・。
私は、一緒に逝く・・・という約束をしながら、こうして日々を過ごしています。
みなさんを元気付けるなんて・・・、みなさんから生きる勇気をもらって、こうして
存在しています。ただ、悲しみのどん底で光を見失った方々がいれば、そばで話を聞いて
あげるくらいしかできないのです。「そうなんだよね・・・。辛いよね・・」と
悲しみを共有することくらいしかできませんが、こういう気持ちになれたのも
亡くなった妻からの「贈り物」だったと思います。
のぞみさんも、きっとお父様から素晴らしい贈り物が届きますように・・・。
 

大切な日々

 投稿者:のぞみ  投稿日:2005年 6月 3日(金)23時37分55秒
返信・引用
  ここのサイトの昔の部分を読み直させて頂きました。本当に色々な方が癌で苦しみ、癌で学び、癌で成長されてるんですね・・・。いつか癌が風邪のように薬で治る日が来るのを願います。仕事・・・・本当に行きたくないです。父が入院していた6ヶ月間、仕事もしないで病院と家の往復だったので、今が仮の姿のような気になります。てつさん、そして皆さんのメールで私も、一日、一日を父のためにも大切に生きようと少し思えてきました。それが親孝行に少しはなるかな・・・家族旅行に一度でいいから行きたかった・・・父の大好きなタバコを亡くなるなら、すわせてあげればよかった・・・(;。;)複雑な気持ちです。しばらくは気持ちが散乱してしまいますが、ここを乗り越えててつさんのように、癌の方、癌になってしまった家族の方を元気づけられるようになりたいです。がんばります。  

↓のぞみさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月 3日(金)11時21分4秒
返信・引用
  朝の貴重な時間をごめんなさいね(^^ゞばっちりメークでご出勤できましたか?
仕事・・・いやですよね・・。当たり前にこなしていた業務が、全然手につかなくなる、
というか、何のためにこの仕事をするのか・・・ということが、わからなくなってしまう。
場合によっては、それまでの価値観まで変わってしまう。私は、残り少ないじんせいでしたから
ドロップアウトしてしまいましたが、のぞみさんは、まだまだこれから!一息ついて
自然治癒力の力も借りて、またゆっくりと歩き出せばいいのでは。お父様もずっと
見守ってくれるしね。
いやだぁ!と思ったら、溜め込まないで、いつでもここで吐き出してください!!(^^)!
 

ありがとうございます(;。;)

 投稿者:のぞみ  投稿日:2005年 6月 3日(金)08時36分53秒
返信・引用
  てつさんありがとうございます(;。;)
仕事に行く前にこのサイトを見てしまい、涙で化粧のしなおしです。
てつさんの言うように、人の心の傷を思えるようになった気がします。
時間がないので、戻ってまたここによらせて頂きます。
仕事行きたくない・・・・
 

お悔やみ申し上げます

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 6月 2日(木)07時52分25秒
返信・引用
  朝、PCを立ち上げて、いきなり、悲しい報告に接しました。悔しいですね。
キーボードが涙で滲んできます。食べれなくなり、歩けなくなり、独りでトイレも
いけなくなり、足がぱんぱんに腫れて、やがてモルヒネで意識が混濁し、夫さえも
わからなくなる・・・。辛い日々ですよね、思い出します。
でも6ヶ月、頑張られたんですね。その間に
のぞみさんやご家族の方と、魂のふれあいがあったのではないでしょうか?
喪失という体験は、味わってはじめてわかる身を切られるような辛さですよね。
ほかに例えようがない悲しみです。驚き、不安、嘆き、怒り、絶望、後悔・・
そして静かに別れがやってきます。去り行く人が残してくれたものは、今は
悲しいけれど、のぞみさんにとって、かけがえの無い大きな財産となるでしょう。
心の痛みを知って、初めて他人の心の傷を思い、優しくなれるような気がします。
まだ、四十九日も過ぎず辛い毎日かと思いますが、どうかお父様の安らかな
未来を祈ってあげてください。

もう一度、心からお父様のご冥福をお祈りいたします。
             
                    合 掌
 

 投稿者:のぞみ  投稿日:2005年 6月 1日(水)23時42分42秒
返信・引用
   お久しぶりです。11月の頃投稿させて頂いたものです。父は5月6日に天国に行きました(;。;)余命2ヶ月と言われていた父が6ヶ月がんばって、がんばって生きてくれました。癌という病気は本当に・・・・嫌いです。この6ヶ月は本当に悲しみと癌との闘いでした。入院した頃は、余命2ヶ月と言われていても、父だけは例外で治るんじゃないか?とか家に連れて帰る日が来るのではないか?と思っていました。癌はひどいもので、1ヶ月、2ヶ月と日がたつにつれて、まず足が動かなくなり、そして食事が出来なくなり、字が書けなくなり、テレビも見る事も嫌になり、人と話す事もしなくなり、最後には薬の強さのせいで
夜中に叫んだり、意味不明な事を言うようになり、私の事もわからなくなり・・(;。;)
本当につらかったです。父はまだ64歳で今からゆっくりできて、自分の為に生きれるはずだったのに・・・本当に悲しいです。父が入院してから、母も私も1日もかかさず病院にかよい、側にいました。皆は「親孝行したからくいはないでしょ?」とか「お父さんは幸せだったよ」と言ってくれますが、素直に聴けなく、くいも残ってるし、寂しいし・・・
父は本当にがんばりました。病名は伝えたものの、医学的な知識がなく、死ぬ前の日まで
家に帰れると信じていました。スキルス性印鑑細胞癌 大腸、胃、背中の骨、肩の骨、脳にも移転してたのにも関わらず、「退院したらゲートボールするんだ・・」なんて言ってました。主治医が「無理して食べなくても、点滴があるからいいですよ」と言われても、「食べなきゃ元気にならないし、人より早く退院したいから・・・」と言って、吐くのはわかっているのに無理して飲み込んでました(;。;)今思い出すだけでも涙がとまりません。
どうしたら気持ちを切り替えられますか?今はもう天国に向かって上ってるはずなのに
明日病院に行ったら、「よっ!」と言っているような気がします。癌は本当に嫌いです。
だらだら書いてしまいごめんなさい。ここしか本当の自分の気持ち話せる所がなくて・・・
皆さんも苦しんだんでしょうね。大切な人を亡くす事って本当につらいです・・・
 

↓Misaさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月31日(火)17時19分11秒
返信・引用
  はじめまして。てつです。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
大切な人と濃密な時間を共有し、静かに見送った今、Misaさんの心の中には
何がみえますか。何にもないかもしれませんね。5月の若葉さえもモノトーンにしか
映らない・・・。どうしていいかわからない毎日かと思います。彼が、自らの命を
もってあなたに伝えてくれたこと、大切にしてください。これからのあなたの人生の
かけがえの無い宝物になることでしょう。最後まであなたを思い、胃潰瘍といい続けた
彼の胸のうち、察するに余りあります。きっと、この世の役目を終えて、新しい
ステージでさらに大きくなって活躍されてることと思います。そして、その優しい
心で、いつもMisaさんを見守ってくれてるのではないでしょうか。
いまは、あせらないで。時がくれば自然と心も体もわずかづつでも動きはじめます。
彼が残してくれた愛情をそっとかみしめるだけでも、いいじゃないですか、今は。
愚痴はいつでも歓迎しますよ。またきてくださいね!!
 

一ヶ月・・・

 投稿者:Misa  投稿日:2005年 5月31日(火)02時39分43秒
返信・引用
  初めまして。「生と死」と検索してましたらこちらに辿りつきました。彼が一ヶ月前に胃癌の闘病の果てに亡くなりました。最後の最後まで私が心配しない様に「胃潰瘍」と言い続け病気を隠していました。私知ってたのに・・・最後まで私に本音は言ってくれませんでした。今・・出来る限りの愛情をくれ、自らの死までも見せてくれた彼に感謝してます。ですが、彼がいない一ヶ月は本当に長かった・・長かったです。彼が残してくれた愛情を糧に頑張ろうと気持ちが焦るだけで身体は全く動こうとしません。てつ様、サイトの皆様つまらない愚痴でごめんなさい。  

↓さちさんへ「

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月26日(木)21時10分4秒
返信・引用
  命を炎を消す瞬間まで、人は生きています。喜び・悲しみ・絶望・希望・不安・・・
様々な思いを巡らせながら、それでも確かに生の営みをぎりぎりまで続けてます。
ただ、違うのは時間を区切られてしまったこと。それも統計という数字によって。
漠然としか自分の死を意識していないじ私たちは、不平・不満を口実に今日やるべき
ことを明日に延ばして日々をつないでいる。それがあたかも永遠のように感じて。
限られた時間なら、ご本人も周りの者も、精一杯濃密な時を過ごして欲しいです。
「ああ、いい人生だった・・・」と少しでも感じてもらえるなら。私たちは、不安におびえ
今、それを口にすることすらできない。私のこれまでの人生は、どうだったのだろう?
まだ、死という判子が押されたわけではありません。命の限り、あたたかな愛で
お姉さまを支えて、いや、傍にいてあげてください(気持ちの面でね)
 

(無題)

 投稿者:さち  投稿日:2005年 5月25日(水)17時52分43秒
返信・引用
  昨日、姉が家に来ました。先週の土曜日退院しました。「良かったね」の言葉に、
「手術できなかったからね…」と、ぽつり…本人は、すべて分かっていました。
言葉につまりつつ、私は話題を変えました。
近所の癌を克服した方の話を聞いたり、足湯をしたり、体にいい食べ物を食べたり、庭の花を摘んだり……姉は、「もう庭に花を買って植えても仕方ない」と言っていたが、帰る時には家の花の苗を持っていってくれました。いっぱい元気をもらったと、きてよかったと喜んで帰っていきました。
長距離を、大変だったでしょう。ありがとう。

大切に生きましょう。私も、あなたも。誰でも、幸せになれるはず。与えられるはず。
日溜りの下には、きっとみんなが集まるはずだから。
 

(無題)

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月24日(火)23時06分36秒
返信・引用
  「誰かに甘えられたり、頼られたりすることで、幸せになれることもあるんだからね」
「子供の頃は早く大人になりたかったけど、思ったよりつらかったね、大人って」
「神様、僕の運命を変えてくれませんか。ダメですか?」
「たとえ、明日世界が滅亡しようとも、今日、私は、りんごの木を植える」
「死ぬことって、終わることじゃないですよね」
「僕は、余命一年と知ったとき、それまでの28年間の人生を後悔しました。
 でも、今は、後悔したはずの28年間がとても愛しく感じます」
「忘れないでくださいね・・・。でも縛られないでくださいね」
「一年て、28年より長いですよね」
「心の中真ん中に、ぽっかりと日溜まりをもった人になりたい」

              2003年 「僕の生きる道」より
 

不条理

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月21日(土)00時11分12秒
返信・引用
  こんばんわ。akikoさん。
不条理・・・。この言葉が、絶えず頭の中を駆け巡ってました。神は俺に罰をあてるために
彼女をこんな目に合わせたのか・・・とも思いました。代われるものなら 代ってあげたかった。でも神は妻を選んじゃったんです。お母様を選んじゃったんですよね。
この世での勤めを終え、更なる高いステップへ導くために・・・。それも慰めには
ならなかった。音も映像も無い生活の中で、悶々としてたとき、「僕の生きる道」という
ドラマに出会いました。魂を揺さぶられました。死を意識して生きるということ、それを
支えながら共に歩くということ・・・。余命半年と宣告され、開腹しただけですぐ閉じられた
奥様が、ご主人の笑顔で9年も元気でいるという事実も知りました。よしんば、命を
終えるとしても、最後の瞬間まで生き抜いてるんですよね。一緒に生きてください、きっと。思いは伝わってるはずですから・・・。
 

↓てつさん

 投稿者:akiko  投稿日:2005年 5月20日(金)23時24分21秒
返信・引用
  ありがとうございます。
そうですね・・ 最初 母が癌かもと言って 病院に一緒に行った時点では まだ 今は癌でも治ると信じてたというか 軽く考えてた自分がいました。
しかし そんな軽い病気でないことに気づいた時には・・・・ 恐ろしい病気ですね。とても とても 憎い病気でもあります。 なぜそんな病気に 母がなるのと思いました。本当になぜと・・
世の中には 悪いことしてても何とも思わない人とかいるじゃないですか・・なぜ そんな人達がのほほんと 罪悪感を感じないで やりたいことやって生きているのに・・ なぜ 母なんだろうと何度も何度も思いました。 母が何悪いことしたのでしょうか? 人間は 皆死にます。でも
こんなに苦しんで死ななければいけないなんて・・ 母は 鼻から管が腸まで入っていて食事も取れない状態で 1ヶ月ちょい・・良くなられば また食べれると信じて・・苦しい治療を頑張って・・それでこんな結末なんて・・ 信じられない・・信じたくないです・・
昨日 鼻からの管を 抜いてもらいました。 母は良くなって抜けたのだろうと思ってます。
そして 一言 やっと地獄から抜け出せたと言いました。鼻からの管を入れてるのがそんなに苦しいとは・・ やった人にしか分かんないと思います。
でも 管を抜いたのはもう命がないから・・ そんな事って・・ なんなんでしょう・・
それでも 私は 母に 管がとれて良かったねと笑顔でいいました。 本当 胸が苦しい・・
母はもっと 苦しいんだ・・ もっと しっかりしなきゃ・・ 
また 明日も笑顔で話しをいっぱいして 母と一緒に いっぱい笑いたいから 私は頑張る
それしか 私にはしてあげれない・・ 私には 癌を殺せないのだから・・
 

↓akikoさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月18日(水)23時31分40秒
返信・引用
  はじめまして。akikoさん。てつです。
辛いですよね。なんで?どうして?夢なら覚めて・・・。そんな思いで過ごした時間が
思い出されます。どうかご家族の暖かさで、お母様を見守ってあげてください。
悔しいけど、それだけしか伝える言葉がありません。でも、胸がつぶれそうな時は
掲示板でも私信でもなんでもいいから、思いの丈を吐き出してください。akikoさんの
心の叫びは、必ず胸の中で受け止めていますから・・・。
 

私の母が・・

 投稿者:akiko  投稿日:2005年 5月18日(水)22時51分52秒
返信・引用
  初めまして 私の母が今 同じ状態です。今の状態は 余命後1週間と宣告されて・・家族で悲しみをこらえならが 残された時間を母と病院で 1秒でも長く側にいられるように・・笑って話ができるように・・と 涙をグッとこらえながら・・母との残された時間を過ごしています。
家に帰ると 悲しさに耐え切れず 泣いてしまいますが 明日も病院行くから目を腫らしていけないのになぁと思い 我慢しようと思うのですが 涙は止まりませんね・・。
あと・・もう少しだけなんて・・ 
訳の分からない事を書いてしまって ごめんなさい。
 

ありがとうございます!

 投稿者:yukarin  投稿日:2005年 5月16日(月)22時47分38秒
返信・引用
  きっとずっと誰か同じ痛みをもった人に聞いてもらいたかったんだ、と私自身思いました。戦う本人を目の前にした自分の非力さ、苛立たしさ、悲しさ、絶望感、、、。今思い出してみると、とてつもない痛みでした。今、どんなに悔やんでもしょうがないけれど、やはり後悔はたくさんあります。最近、ふと母を思い出し胸がきゅっとなることがおおいです。きっと一生消えないのでしょうが、てつさんの言ったとうり母の分も前に進んでいきます。実は、母の死後、私の父は落ち込み、もともともっていた精神的な病気を再発しました、躁うつ病です。感情が高ぶり、乱暴になり、行動、言動も意味不明、怒鳴り散らし、うろつき、やたらと出歩くようになってしまいました。今は薬などで落ち着き職場にも復帰していますが、家にまもってくれるはずの大人が壊れてしまい、本気で怖かったし、神をも恨みました。ですが、私は多くの人の助けや、母に教えられた根性で今の安定をとりもどしました。人が一人いなくなるというのは本当に大きなことですね。それが大事な人ならなおさら、、、。でも全ての事には絶対意味があると思います。だから無駄にしないように精一杯生きましょう。長くなってしまってごめんなさい。聞いてくれてありがとうございます。
最後に友だちに教えてもらった一言。神様は優秀な人材を手元においておきたいそうで、だから早くなくなる方はすばらしい人がおおいんですって。きっと静子さんも神様が手元においておきたいくらい素敵な人だったんでしょうね☆
 

↓yukarinさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月16日(月)22時01分25秒
返信・引用
  はじめまして。そしてようこそ!
亡くなられてまだ半年、日々に悲しみが色を変えて忍び寄ってくるのではないでしょうか?
でも、若い方にはその悲しみを輝く未来につなげる力があると思います。それが、志半ばで
逝かざるを得なかったお母様の一番の願いでもあることでしょう。
私は亡くなった年の夏に、会いたくて逢いたくて、恐山に登りました。
でも、半年ではまだ浄土にたどり着いてないので呼び出せないと言われました。
きっと毎日、青空の彼方から、ご家族のことを見守ってるんでしょうね。
それにしても、女性の47歳、48歳というのは何かあるんでしょうか・・・・。
途中で歩くのを止めてしまったお母様のぶんまで、しっかりと進んでいってください!
 

(無題)

 投稿者:yukarin  投稿日:2005年 5月16日(月)21時32分7秒
返信・引用
  こんばんは、たまたまこのサイトをみつけ、よってみました。てつさんの闘病記を読んで、あらためて苦しかったときを振り返りました。というのも、私も半年前の去年の11月、最愛の母をスキルス胃癌で亡くしました。母は48歳になったばかりでした。3年前、私が短大1年の夏、母の病気が発覚しました。長いようで短かったような時間。母も私達家族も親戚も一生懸命生きました。当時妹は小学校5年生。1つうえの姉と私は未来にどうしょうもない不安を感じました。本当に色々ありましたが多くの人に支えられて、やっと今日まで生きています。人は悲しみが多い分、本当にいろんなことを考え、学んで乗り越えていけると思います。21でまだまだひよっこですが、少しでも多くの苦しんでいる人に乗り越えられるんだということを知ってもらいたかったので、メールしてみました。一方的ですいません。。  

(無題)

 投稿者:さち  投稿日:2005年 5月16日(月)11時15分12秒
返信・引用
  てつさん ありがとうございます。
姉の子供達が、お母さんのために精一杯頑張っています。義兄の方は、悲しみにくれているようですが…やはり、夫婦の間には長い間培ってきたものが、あるのだと思います。
手術後、夢うつつだったのか亡くなった父が、若い頃の姿でいてくれたそうです。こちらにおいでとは、言っていなかったからまだ死ねないね!と笑っていたそうです。
私は、体の中にはすごい力が眠っていると思っています。本当に周りの笑顔、愛が奇跡をもおこすでしょう。姉と昔のように戻れたことが、ほっとした反面、眠れない日々が続いていますが、今月末には病院に行ってきます。話したいことがいっぱいですが、ゆっくりと時間を過ごしたいと思います。
 

はじめまして↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年 5月15日(日)08時43分48秒
返信・引用
  さちさん、ようこそ。
お姉さまの具合はいかがですか?またひとり、我が家のしいちゃんと同じような
環境の方を知って、いまさらながらに複雑な思いです。家族の笑顔のため、
困難に立ち向かって頑張ってる方もおられます。とにかく周りの笑顔が一番の薬。
辛いでしょうが、大女優を演じきって励ましてあげてください。
この道は、誰もがやがて通る道なんですね。
 

はじめまして

 投稿者:さち  投稿日:2005年 5月 3日(火)10時24分21秒
返信・引用
  HP拝見させていただきました。私には、48歳の姉がいるのですが先日、スキルス胃癌が発見されました。あまりの突然のことで、頭の中が真っ白になってしまいました。休み明けには、手術のようですがとても心配です。本人には、スキルスはふせて、初期の癌でとってしまえば大丈夫と言ってあるようです。病気一つしない元気な姉でした。離れて住んでいますので、すぐに会えないのが残念です。家族のことを、考えるといてもたってもいられません。ただただ、祈るばかりです…  

以上は、新着順301番目から400番目までの記事です。 1  2  3  4  5  |  《前のページ |  次のページ》 
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