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病棟

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 3月 9日(木)23時00分24秒
返信・引用
  今日は、分かち合いの会の打ち合わせで、妻が亡くなったK大学病院へ行ってきました。うちは東病院で、今日行った本院ではないけど、やっぱり独特の匂いがありますね。本院は、長男が小学校へ上がる前に扁桃腺の手術で入院したところ。当時と変わっていませんでした。家族一緒に、近くのファミレスでケーキ食べたなぁ・・・なんて。「病院へきて、辛くない?大丈夫?」なんて聞かれ「うん、もう大丈夫ですよ」なんて笑って答えたけど、やっぱり複雑な思いはふつふつと湧いてました。ここにも、家族の歴史があったんだなぁ・・・なんてね。  

↓お雛様

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 3月 7日(火)12時54分34秒
返信・引用
  こんにちわ、ビタミンさん。春一番が吹いたというのに今日は寒い一日です。
矯正視力手術(レーシック)は簡単だったようです。当日には、帰宅してました。術後は、2.0まで回復して、かえって見えすぎて目が疲れる(SEやってます)と言ってましたが、数週間で1.5くらいまで戻って落ち着くそうです。喜んでました。懐は寒くなったようだけど。
そうですか、お母様に癌ですか・・・。3人に一人が癌でなくなる時代だから注意していても、こればかりは運命と思うより仕方ないんでしょうか。苦労して戦後を生き抜き、子供を育て上げた人生の最終章に・・・と思うとやりきれませんよね。どうか最後までお母様らしく「尊厳」をもって生き抜いて欲しいと思います。
 

お雛様

 投稿者:ビタミン  投稿日:2006年 3月 7日(火)09時28分25秒
返信・引用
  我が家も息子ばかりなのでひな祭りは無縁でした。
小さな陶器の内裏雛をテレビの上に、玄関には雛人形の色紙額を飾ります。
ガラスのお雛様、ゴージャスで素敵ですね。
ひな壇の前で奥様と一緒に散らし寿司でも食べられたらよかったですね。

息子さんの視力矯正手術はどうでしたか?
我が家は全員ド近眼です。長男は眼を使う仕事をしているので心配です。
手術としては簡単な部類と聞くけどどうなんでしょう。

実母の胃癌が見つかりました。2.3年経過しているらしいけど年のせいで進行の遅いおとなしい癌だそうです。体力の関係で手術も積極的な治療も難しいそうです。
ただ点滴だけで生きています。数ヶ月か数日か、医者も予測が出来ないそうです。
頑固な父に苦労させられて、母だから色々な病気を克服して来た母だから、もうがんばらなくて良いからねと言いたいけど切ないですね。
見舞いの帰り道、私は彼女ほど真剣に子供たちを愛してきただろうか…と思ってしまう。
そんな母が逝きつつある。母の前では私はいつまでも甘えていたい子供なのに・
 

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 3月 4日(土)08時58分50秒
返信・引用
  おはようございます、ゆなさん。雨もあがって寒いけど快晴です。こんな日に、空を見上げると、青空のどこかに逝った人が見えるような気がします。なくなった方の想いは、残された人の胸に引き継がれずっと一緒に生きていくでしょうね、きっと。そしてその想いを、また次の世代に語り紡いで渡していくことも、残された者の大切な務めかと思います。お人形には、魂が宿るといいます。大切にしてあげてくださいね。  

お雛様

 投稿者:ゆな  投稿日:2006年 3月 4日(土)00時19分30秒
返信・引用
  てつさん、こんばんは。お雛様・・・父が初孫だった長女に買ってくれたもの。今年の4回目の飾りつけは父の写真も一緒に。毎日長女は「おはようじいじ」って挨拶し、次女はお雛様が仏壇にでも見えるようで一緒に手をあわせてなむなむをしています。てつさんや樹里亜さんのお宅のようなニャンコ達と同じようにチビッコ軍団(次女の口に入らないように)にやられないようハラハラしながらですが毎日見ています。来年はもう少し落ち着いて鑑賞できるかな?  

↓お雛様

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 3月 3日(金)23時27分14秒
返信・引用
  あっという間に、もう三月ですね、樹里亜さん。うちは、奥さんが元気なころは、男ばかりだったので、お雛様はまったく縁がありませんでした。息子たちが大きくなって、武者人形も縁遠くなったころに、手のひらに乗るような、ちっちゃなお雛様をプレゼントしたのが始まりでした。実家は、かなり古い家なので、さぞ立派な段飾りがあっただろうと思うと、こんな安サラリーマンの元へ嫁いだのが運のツキだったのかも・・。もう、一緒に目の前で祝うことはできなくなってしまったけど、せめて天国へ届けと、飾ってます。でも、やはり同じように、恐怖のニャンコ軍団に戦線恐々。吊るし雛がパンチで倒されてます。(泣)ガラス雛はマジックテープでぼんぼりまでしっかり留めたのでとりあえずセーフ。一雨ごとに春が近づいてくるようですね!  

日本アカデミー賞

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 3月 3日(金)23時18分41秒
返信・引用
  今年は「Allways 三丁目の夕日」がほぼ独占だった。青春時代に西岸良平氏の原作漫画を見てたから懐かしかった。主演の小雪ちゃんが「あの時代に生きた方々の思いを裏切らないよう大切にみなで作りました」と語ってたけど、親父たちの世代から俺たちの世代へ、そして次代の子供たちの世代へと確実に何かがバトンタッチされていく・・・それが人生なんだと思う。たとえその間に「別れ」があっても、想いは連綿と受け継がれて、心に残っていく。いい映画でした。外国映画賞に「ミリオンダラー・ベィビー」選ばれたのも、嬉しかった。あの映画も、尊厳ある死を描ききっていた。  

お雛様

 投稿者:樹里亜  投稿日:2006年 3月 3日(金)22時58分2秒
返信・引用
  てつさん ご無沙汰していますが お元気ですか〜?
樹里亜は 先月は少し体調崩し欝気味でしたが 3月に入り元気はつらつ〜!です。
今日はお雛祭ですね。
ガラスの神秘的なお雛様 素敵ですね。
天国の奥様もさぞ喜ばれていらっしゃることと思います。

樹里亜家はやっと今朝 お雛様とお内裏様だけ ピアノの上に飾りました。
2人の娘がこれ以上行き遅れたら困るので 今夜にも片付けようとも思いましたが・・・
九州では旧のお雛様4月3日まで飾る所が多いと聞きましたので 1ヶ月楽しむことにします。
早速3ニャンにいたずらされて 扇を猫パンチで落とされました〜!(泣)
ガラスのお雛様 無事だといいけれど・・・。

もう少し寒い日もあると思いますが 風邪などひかれませんようご自愛くださいね。
福岡は梅が満開です。
春はもうすぐですね♪
 

お悔やみ申し上げます

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月22日(水)18時49分43秒
返信・引用
  ご尊父さまのご逝去を悼み、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

お父さまから渡された「命のバトン」、しっかり受け止めて無理せず、一歩ずつ歩まれていくことを願ってます。

                   てつ
 

永眠いたしました。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月22日(水)18時06分43秒
返信・引用
  2月18日午前1時19分。父が永眠しました。夜の早い時間に死前喘鳴のような呼吸をしだして苦しそうでしたが吸引してモルヒネを増やしてもらい落ち着いて眠ったまま、だんだん脈拍数がおちてきて逝ってしまいました。最期は苦しむ様子もなく穏やかな顔をしていました。昨日一昨日で葬儀等を終えて昨日お骨になって帰ってきました。今は何もしたくないのに、やらなければならない事だらけです。  

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月21日(火)21時59分18秒
返信・引用
  「命は一人では生きられない。つながりながら、自分の小さな夢が持てる場があったなら、人はお金がなくても、障害があっても、苦難の中にいても、生きていける。
人生にとって大切なものは何かと聞かれたら、人はつながりの中で生きているという事実と、小さな夢と答えようと、今は思っている」 諏訪中央病院の鎌田 實先生の言葉です。彼は、いわゆる全共闘世代。1歳にして、両親に捨てられ、岩次郎という実直な男に拾われた。ほとんど褒められた記憶もなく青年期を過ごし、医者を目指す。反対した岩次郎に、初めて逆らい進学を願い出たとき「弱いもの、貧しいものの心がわかる医者になれ」といわれたことを座右の銘に「あきらめない、がんばらない」鎌田實として地域医療に、チェルノブイリにイラクに尽力している。奥さんでさえ、捨てられた過去を本人には話さず、家庭を築きあげてきた。いま、彼が「命・家族」と真摯に取り組み、患者も家族という言葉に、彼の人生が垣間見える気がする。
癌は、そんな大切な「家族」の絆を引き裂いた・・・・。でも、また切れ端を両手に握ってギリギリひっぱってます。
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月16日(木)02時50分29秒
返信・引用
  返答ありがとうございます。昨日までは少し会話ができたのに今日(15日)は、ほとんどマトモな会話ができなくなりました。少しずつ最期にむかっています。夕方の回診で主治医に今日か明日と言われてしまい、今夜は病院に泊まり込みです。しかも母は疲れが出たのが父の隣の簡易ベッドで熱にうなされてます。  

↓こんばんわ

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月14日(火)08時33分39秒
返信・引用
  おはようございます。昨夜はついついスピードスケートを見過ぎてまだぼーっとしてます。尿の出が悪くなるのは、あまりいい兆候ではないですね。病室に入るたびに、導尿のポリ袋の量に一喜一憂してました。浮腫はさすってあげると楽なようですよ。泊り込みは、今は気が張ってるけど、かなり体力的にも精神的にもきついですから横になれるときは、10分でも横になったほうがいいと思います。でも、なかなかそうもいかないんですけど・・・。よく、病室を抜け札して、近くのバーミヤンでPCをいじってたのを思い出します。
もうこうなれば総力戦ですね、ご家族みんなの思いが少しでも伝わることを祈ってます。
 

こんばんわ。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月14日(火)01時56分1秒
返信・引用
  昼間は暖かかったのに夜になると冷え込みますね。今日は脈拍、血圧ともに安定してるのですが、息苦しいらしく酸素マスクの圧が高くなって母が一人で付き添うのが不安らしく旦那に子守を頼んで病院に泊まり込みです。        父は尿の出が悪くなってきて足が浮腫んできました。手を握っていると安心するみたいです。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月12日(日)12時04分47秒
返信・引用
  昨日とはうって変わって、寒い一日ですね。
トイレに行く体力もかなりきつくなってるのでしょうか・・。でも、自分でトイレにいくといことは、ご本人にとっては、最後の尊厳のようなものですから頑張ってしまうんでしょうね。父母ともに、脳梗塞で倒れましたので、意識が子供のように我侭になり看ていてもつらいものがありました。おむつを取り替える独り息子を見て、「どちらさんですか?ありがとうございます」とつぶやかれたときは、ほんと涙がこぼれました。尊厳を持ち、最後のときを迎えるということは、かなり難しいことなんですね。医療技術が進めば進むほど・・。
一日一日を大切にお過ごしください。
 

お久しぶりです。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月12日(日)11時14分8秒
返信・引用
  先週はバタバタ慌ただしい1週間でした。父が車椅子でトイレに行き動いたせいで気持ち悪くなり洗面台に吐いてる途中で意識を失い個室に移され呼吸数や脈拍をはかる機械がつけられ今は酸素マスクまでつく状態になりました。モルヒネの量もだんだん増えてきて副作用で支離滅裂な会話や子供みたいな我儘。ほとんど眠ってます。吐くものの中には必ず膿のようなものが混ざるようになり、いよいよ本当に覚悟をしなくてはならなくなりました。毎日1日がすごく早く過ぎていきます。        てつさん、山本文緒私もダイスキです  

マックな風景

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月11日(土)21時58分46秒
返信・引用
  最近は、朝100円玉一個と本を数冊持って、近所のマックで珈琲じゃないコーヒーだね、あれは。白石一文、大崎善生、盛田隆二、真保裕一、山本文緒・・・、乱読ですね。あたりを見回すと、軽快なB.G.Mが流れ、子連れの若夫婦、中高年夫婦、若い会社員、時代遅れのガン黒娘・・・、そして叶わずいるのが、孤老の老人と呼ぶにはまだ枯れていない独りの男性。新聞を読み、本を読み、なにやら日記を書いている。みな同じパターン。窓の外は、車がひっきりなしに流れていく・・・。時間は普遍だけど、ここにいる人たちの時間は、それぞれにみな違う。歩いてきた人生が違うのだから、当たり前か・・。なんか自分の明日を見てるような、マックナな風景でした・・・。  

出会いと別れ

 投稿者:マツ  投稿日:2006年 2月 5日(日)16時41分11秒
返信・引用
  てつさんのところは、3ヶ月だったんですね…。
私の叔母は、検査のつもりで病院に行ったら即入院となったものの、手の施しようがなくわずか1週間で旅立ってしまいました。
亡くなる2日ほど前から病室には死のにおいがしてて…。
別れはもちろん辛かったし、何もしてあげられないもどかしさもありました。
でも、とあるところで、「遺された人たちが普通の生活を送ることが何よりの供養」って言うのを聞いて、少しずつ元の生活を取り戻そうとしています。

特別なものはなくていいから、「おはよう」とか「おやすみ」とか、「じゃあ、またね」って言える…そういった当たり前のことがどんなに幸せだったか…。
最近またよく泣くことが多いです。
泣くのはそれだけの努力を怠った結果なのかもしれません。
でも、「今までよく頑張ったね」と自分を褒めてあげる涙であると信じています。

「マツはやっぱり笑ってる顔が可愛いね」って、大切な人が言ってくれました…だから笑顔でいようと思います。
いつかまた巡り会えた時のために。
 

こんばんわ。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月 5日(日)01時48分31秒
返信・引用
  てつさん、ゆなさんありがとうございます。2月4日今日は土曜日で面会開始が早いので早めに家を出たのに病院の近くにあるアウトレットや水族館に向かう渋滞に巻き込まれてしまい病院まで結局2時間もかかってしまったり、帰りは雪が降りだしたり…散々でしたが、父はすごく調子が良くリンゴとお粥を食べました。食べた後吐くこともなく今日はとてもイイ感じでした(^-^)腹水が日に日に赤みを増したり悪い状況は変わりませんが今日は嬉しい1日でした。父の生命力に驚かされます。これもみなさんが祈ってくれてるおかげかな(^-^)  

ひかるさんへ

 投稿者:ゆな  投稿日:2006年 2月 4日(土)23時08分30秒
返信・引用
  きっとひかるさんの声はお父様に届いていると思います。私の場合は私以外の兄弟が2日前から泊り込み付き添っていましたが車で10分足らずの時間なのに私と母は間に合いませんでした。無理やりの延命治療は祖父の時とても見ていて辛かったのでしませんでした。でもすごく穏やかな顔の父でした。ひかるさん、きっときっと声も気持ちも思いもお父様に届いていると思います。てつさん、あゆかさんと同じくお祈り申し上げます・・・。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月 4日(土)22時31分34秒
返信・引用
  4時頃ワンコノの散歩してたときは夕焼けだったのに、7時ごろ窓を開けたら、一面の銀世界、びっくりしました。
少しは持ち直されたようで安心しました。でも、電話の音に、心臓がキュっと締め付けられるあの思いは、今でも忘れません。言葉がなによりの支え・・・。気持ちを強く持ってといっても、気休めにしかならないかもしれないけど、それでもあえて、頑張ってください。
 

↓マツさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月 4日(土)22時22分24秒
返信・引用
  壮絶な闘病の末、大切な人を看取った方たちが、こころのどこかにしまっておいた言葉「ほっとした・・・」という気持ちもあるそうです。もちろんじぶんのことだけではんく、辛い病気から死によって開放されて苦しみから解き放たれたという思いもあることでしょう。ただ、誰にもいえないけど、自分自身の中に「ほっとした・・・」といういいようない気持ちが芽生えたのも事実だと何人もの方が語っていました。決して非難したり、どうこう言えることではないですよね。一つ一つの死に、其々の思いが絡み合ってるわけですから・・。
闘病の時間が長ければ長いほど、そういう思いが芽生えるのも無理もないことなのでしょう。うちはいうと、わずか3ヶ月・・・、夢であってくれと願うばかりでしたけど・・。
一期一会とはいいうけれど、この青い空の下にいる限り、いつかどこかで逢うこともあるでしょう。良きにつけ悪しきにつけ、思いでは自分史の一部です。楽しい時間、優しい時間と思えるような生き方ができればいいですね!(^^)!

http://0289_sayonara-daisukinahito.mid

 

こんばんわ。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月 4日(土)00時48分32秒
返信・引用
  てつさん、あゆかさんありがとうございます。2月3日今日も面会時間開始から終了まで付き添ってきました。モルヒネのおかげで痛みはなく少し話もできました。今日は着替えを手伝ったんですが全身ガリガリに痩せてしまった体は何度見ても辛くなります。今日は帰るとき手を振ってくれて、私が『また明日』と言ったら『待ってるよ』と消え入りそうな声で答えてくれました。病院を離れると、いつ電話が鳴るかビクビクしてしまって夜もなかなか眠れません。しっかりしなくては。  

9月1日

 投稿者:マツ  投稿日:2006年 2月 3日(金)22時43分11秒
返信・引用
  あの日はすごく天気が良い日でした。
昼12時から仕事だったので午前中少し様子を見に行ったんですが、もう目も見えず耳も聞こえない状態でした。
それでも「じゃあ仕事に行って来るね」って言って、職場に向かいました。
ところが、13時過ぎに「夕方まで持たないかもしれない」と家族から連絡を受けて…事情を説明して早退させてもらい、病院に駆けつけたんです。
痰を吸引してもらったのですが、ほとんどが血の状態で…。
叔母の意識はなかったけど、痰を吸引する時だけは苦しんで歯をくいしばっていました。
そのせいでさし歯が1本抜けて飲み込んでしまったらしいんですが、火葬した後に見つかりました。

私は最期に立ち会えたけど、親類の中には間に合わない人ももちろんいました。
会わせてあげたい気持ちはあったけど、だからといって無理矢理に生命を引き延ばして苦しみを長引かせたくはない、ということで延命措置は一切おこないませんでした。
眠ったように穏やかで安らかな顔があれば、もうそれで十分だと思いますよ。

叔母とはもう会えない。
だけど、先日お別れした人は生きている。だからきっとまたどこかで会える。
例え2度と会えなくても、ずっと一緒にはいられなかったけど、同じ空の下、どこかで元気で幸せに生きていてくれると思えば、私もきっとこの辛さを乗り越えていける。
会えなくても、側にいなくても、大切な想い出と、その人を想うことだけはできるから。
…そんなことを考えて、今、日々を過ごしています。
時間はかかるかもしれないけど、いつかきっと、振り返って「楽しい時間だったな」って思える時がくると思います。

長々と、ごめんなさい。
 

ひかるさんへ

 投稿者:あゆか  投稿日:2006年 2月 3日(金)21時50分45秒
返信・引用
  一番辛い時ですね。私は亡くなる2日前から病院に泊まり、色々語りかけ浮腫んだ足をさすりながら最期まで見届けるつもりでした。でも看護士さんから「着せてあげたい服があったら持ってきて下さい」と家に取りに戻っている間に息を引き取りました。後から思えば母は
最期の瞬間まで気丈な性格そのままで我が子にその姿を見せたくなかったのかと思っています。最期までお父様に話しかけてあげてください。きっと、きっと届いているはずですから。てつさんと同じくお祈り申し上げます・・・。
 

↓こんばんわ。

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月 3日(金)09時00分14秒
返信・引用
  そうですか・・・、とても心配ですね。一秒たりとも傍を離れたくないのが、家族の心情ですよね。それを、個室が空かないだなんて・・、辛すぎます。普通、病院は必ずいくつかの空き室は確保してるはずなんですけどね。病気を診るだけではなく、患者を、その家族を看る心が欲しいです。事態が良い方向に向かうことを祈ってます。  

こんばんわ。

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 2月 3日(金)00時51分35秒
返信・引用
  2月2日。父が急遽入院することになりました。入院した途端、今まで経口だったモルヒネが常時注入される機械が点滴につけられ、心電図の機械もつけられ管だらけになってしまいました。もぅいつ逝ってしまってもおかしくない状態なのに個室が空かず大部屋な為、夜付き添う事は不可能で泣く泣く帰ってきました。自宅から病院までどんなに急いでも車で30分はかかります。できれば苦しまずに逝ってほしいです。欲をいえば最期を見届けたいけど、せめて母だけでも最期の瞬間を一緒に過ごさせてあげたいものです。  

↓お久しぶりです

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 2月 2日(木)13時22分20秒
返信・引用
  ご無沙汰です、マツさん。
月命日でしたか・・・。まだ5ヶ月、いろんな想いが入り混じってますよね。うちは、今日2日が月命日です。何十回となく過ごしてきましたが、その日になるとやはり、特別な想いがありますね。午後10時30頃、呼吸が急に荒くなり、あっというまに息をひきとってしまいました。家からは、車で15分もあればこれる距離だったんですが、息子たちの到着を待つこともなく・・・。人工呼吸をして、カンフル剤をうって、また人工呼吸して、電気ショックを使いましょうか?と聞かれたのですが、「このまま、静かにいかせてあげてください」を涙をのみました。今思うと、無理やりでも、せめて子供たちがくるまで、頑張ってもらったほうがよかったのか・・・とふと思います。でも、あの時は、そうするのが一番いい・・と思ったんですね。誰にでも、別れは必ずくる・・・と、ほんと頭ではわかってるんですよね。でも、やはりもう二度とこの世では会えないという思いが重くのしかかる。
以前、仕事に熱中したあまり、帰ったら奥さんが出て行ってしまってた・・・という方の話を聞きました。死に別れも辛いけど、生き別れも辛いですよ、違った意味でとおっしゃってました。出会いは別れの始まり・・・、身にしみますね。
しっかり栄養とって、暖かくして、冬を乗り切ってください!
 

お久しぶりです

 投稿者:マツ  投稿日:2006年 2月 2日(木)00時08分15秒
返信・引用
  昨日、1日は月命日でした。
旅立った16時4分に思わず空を見上げてしまいました。
あれから5ヶ月…早いなあ…。

実は個人的な話ですが、この1ヶ月ほど大切な人との別れについて考えていました。
大切な人との別れに重いとか軽いとかはないと思うけど、やっぱり亡くなった人とはもう二度と会えない。
だけど生きてさえいればまたどこかできっと会える…だから、この辛さも悲しみもきっと乗り越えられる、なんて。
頭では分かっていても、実際に別れを受け入れるのには時間がかかると思います。そして少しずつ別れた傷から立ち直っていくのでしょう。
久しぶりなのに、暗くなってごめんなさい。
今はインフルエンザが流行っているので、自分も身体を壊さないようしっかり食べて気を付けていきたいと思います。
 

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月31日(火)23時02分6秒
返信・引用
  ご家族にとって、さぞお辛い状況かと思います。見守り、祈ることしかできないもどかしさ。たぶんモルヒネのせいで意識障害が見られるのかもしれません。でも、お父様ご本人はそんなに痛みや辛さはないと思います。きっと楽しかった時間の中で過ごされてるのだと思います。意識がないようでも、まわりのご家族の声、祈りはしっかりと届いてると信じます。お辛いでしょうが、お父様との時間を大切にしてください。最後まで希望を捨てないで。  

こんばんわ

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月31日(火)22時50分56秒
返信・引用
  お久しぶりです。父の退院からちょうど1週間経ちました。退院してから2日間は自分で起き上がり普通に会話もできたんですが金曜日から悪化して、水を飲んでも吐いてしまう状態で金、土と今日も腹水抜きに病院に行ってきました。話し声も消え入りそうだったり会話が噛み合わなかったりウワゴトのように突然何か分からないことを言ったり…今は微妙なバランスを保って、やっと生きている状態らしいです。父と一緒に最期の時まで頑張ります。  

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月31日(火)16時26分36秒
返信・引用
  「死」は誰にでもいつかはやってくるものですが、なかなか「受け止める」ということは難しいようですね。波のように、寄せては引いて・・・の繰り返し、いつか、それが凪のような状態になるんだと思います。でも、決して波がなくなることはない。ただ、亡くなって1〜2年は、一緒に買い物にいったスーパーや、お茶した珈琲店、公園、図書館・・・。果ては、通勤路まで思い出が蘇って、行けませんでした。5年が過ぎ、やっと「あぁ、ここでよく買い物したなぁ」とか「夜桜」を見た公園の傍を通れるようになりましたけど・・・。
それぞれに、それぞれの死の受け止め方がありますよね。夫・妻・兄弟・子供・・・、みな自分との関わりにおいて、亡くなった人を偲ぶんでしょうね・・。
 

↓あゆかさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月31日(火)16時17分48秒
返信・引用
  心の中とは裏腹に日常の時間は黙って過ぎていきますね。もっとも、そうでないと辛すぎるかも・・・。うちも小柄だったんですよ(^_^;)だもんで、形見分けといっても、お友達もサイズが合わなくてね、結局たんすの中に残っています。150cm、40Kgでした。風の強い日にあおられて、ころんで骨折たくらいですから(^_^;)
日薬といいますが、時がゆっくりと心の澱を流していってくれるのを待つしかないんでしょうね。
 

まとまらないんです

 投稿者:ゆな  投稿日:2006年 1月31日(火)00時44分20秒
返信・引用
  こんばんは。100通のラブレター!大切にとっておくなんてきっと奥様の宝物だったのでしょうね。うらやましい!てつさん、私は「死を受け止める」っていつ訪れるのだろうと・・・。父が亡くなってまだ3ヶ月・・・「ここでよく待っててくれたな」とか「この店で一緒に食べたな」とかその場を通ると場面が浮かんですぐ涙腺が。子供や主人とは父の話題は出てくるので気持ちは楽ですが・・・でも先日兄弟と話したら「家を出てからお父さんにはめったに会ってなかったしもうお父さんは死んだ人」と思えてるからって。いつまでも悲しんでいてはいかん!とは思ってもなんだか私はまだまだ悲しくてまだ無理そうです。  

(無題)

 投稿者:あゆか  投稿日:2006年 1月30日(月)22時39分23秒
返信・引用
  てつさん、さっそくの返信ありがとうございました。早くお返事送らなきゃと思っていたのですが土日は3人娘の相手で今頃になってしまいました。私も30余年後に母の洋服が似合う年までがんばって着こなしてみることにします。ただサイズが心配で・・・母は小柄だったものですから。あと母の妹が母にそっくりなので送って着てもらうことになりました。ただ・・・
叔母の顔を見るたび、涙腺がこわれます。もう少し時間がかかりそうです
てつさん、ラブレターうらやましいです(^^)すてきな文が綴られてるんでしょうねー
奥様も読み返す日をいつの日にかと大事にしまわれていたんだと思います。素敵なご夫婦ですね。
 

↓あゆかさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月27日(金)22時22分13秒
返信・引用
  ここでは、はじめましてですね、あゆかさん。ようこそ!
激動の時代を生き抜き、子供たちを育て上げ、やっとお孫さんたちとのんびりできる、人生の実りの秋を迎えられるはずだったのに・・・、選ばれてしまったんですね。でも、大学病院で歯をくいしばって癌と闘うのも、最後まで最愛の家族のもとで過ごすのも、結局はいかに旅立つ準備をするかの違いに過ぎなく、本人が望む生き方が一番よかったのではないでしょうか。
「つひに、ゆく道とは聞きしかど、昨日今日とは思わざりしを」という歌がありますが、本当は、人は生まれたときから、死へのカウントダウンが始まってるのに、いざその場になると、何もできなかった・・・。悔いが残るばかりです。残された私たちも、必ずいく道ですから、無理して整理する必要もないし、棺の中にでも入れてもらおうと思ってます。結婚前に妻に送った100余通のラブレターも一緒にね(押入れの中にひっそりと箱にしまってありました、きっとお互いの皺の数でも数えながら、日向で読むつもりだったんでしょうね(*^_^*)
 

(無題)

 投稿者:あゆか  投稿日:2006年 1月27日(金)21時26分3秒
返信・引用
  てつさん、はじめまして。時々、天国の手紙に投稿させて頂いたあゆかです。母は昨年の7月に奥様と同じスキルス胃ガンで他界しました。63歳でいまから孫守りで仕事も一段落という時にガンがみつかりました。スキルスという病名を聞いて半分あきらめかけていた自分がいました。母もみんなの近くにいたいと大学病院へはいかず、地方の総合病院で抗癌剤治療を受けていて半年の闘病の末になくなりました。最近になって、ああしてあげれば、こうすればよかったと後悔の思いがどんどん強く押し寄せてきます。
私もてつさんと同じでかばんにつめてある母の闘病中の荷物がそのままです。眼鏡を見ただけでもうダメです・・・早く整理しないとと思っていたけどてつさんの言葉を読んだらなんだか少しほっとしています。
 

↓PIROさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月26日(木)22時30分43秒
返信・引用
  ほんとうに無理もないです。忙しいときは紛れても、ぽっと空いた空間にするりと様々な想いが忍び込んできます。本当に悲しいとき、人は血の涙を流すか、涙すら出ないといいます。きっとあまりの悲しさで、涙も凍りついてしまうのでしょうか。でも、想いはみな同じです。仏壇に手を合わせ、語りかけるしかないとき、それでも祈りは確実に届いていると信じたいです。その祈りの言葉が、不本意にも亡くなられた人の無念の思いを溶かしていくのではないでしょうか。無理して、死を受け止めようはしないでください。自然と薄紙の悲しみははがれていくはずです。少しずつ、ゆっくりと・・・・。私だって、5年という月日を経ても、いまだにアルバムを整理することができません。明け方、亡骸とともに病院を去るとき、バッグにつめこんだパジャマ、化粧品、下着・・・。開ける事ができず、そのままになっています。もう5年、まだ5年・・、これからです。  

ありがとうございます

 投稿者:PIRO  投稿日:2006年 1月26日(木)22時05分54秒
返信・引用
  てつさんありがとうございます。今の私は1月10日から時間が止まったままです。でもてつさんのお返事を拝見し時間が徐々に動き始めたような気がします。両親を早くなくし兄の存在が大きかっただけに死を受け止めれませんでした。でも2週間が過ぎました。四十九日までに受け止めればと思って毎日仏壇に手を合わせています。でもいまだに涙が出ないのです。生前、先生より病状の説明を受けるたびに涙していた自分はどこに言ったのかと思います。早くてつさんのように兄の死を受け止めたいと思っています。  

↓PIROさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月26日(木)12時29分17秒
返信・引用
  はじめまして、PIROさん。お兄様が旅立たれて、もう2週間になるんですね。57歳と言うとちょうど私と同い年です。いわゆる団塊の世代というやつですね。きっと、まだまだやり残したことが山ほどおありだったことでしょう。誰しも、不意にとぎれる人生だなんて思いもよらなかったことですもんね。残されたものは、もっとああすれば良かった・・・、こうしてあげてれば・・と慙愧の思いにかられるばかりです。でも、この世で与えられてた肉体は脱ぎ捨て、きっと新しい世界で羽ばたいていらっしゃることと思います。これから、四十九日、お彼岸、新盆、そして一周忌と、季節のうつろいとともに、悲しみも色を変えて押し寄せてくるかもしれませんね。でも、死と直面し、堂々と闘ったお兄様の思い出を大切にしてください。改めて、最後のひと息まで、死と対峙されたお兄様に、心から「礼」を捧げます。そして、永遠の安らぎをお祈りいたします。  

おはようございます。

 投稿者:PIRO  投稿日:2006年 1月26日(木)08時49分6秒
返信・引用
  1月10日 兄が胃がんのため57歳で亡くなりました。奥様と同じような病状をたどりながらなくなっていきました。奇跡を信じながら弱っていく兄を見るのはつらかったですが最後まで本人が希望を捨てなかったのが救いでした。病院の対応が曖昧でまだ大丈夫ですよといわれた夜に亡くなり最後を見とれなかったのが残念です。毎日病院へ行き兄の病状と奥様の病状があまりにも似ていましたのでH・Pはいつも拝見していました。
有難うございました。
 

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月24日(火)21時58分12秒
返信・引用
  「こんばんわ☆」の☆がいちだんと輝いて見えますよ!(^^)!すごい大雪の歓迎を受けちゃったけど、良かったですね☆!お父様もそれはそれは嬉しいでしょうね。確かに不安もあるでしょうけど、そんなこと気にせず、思いっきり素敵な時間を過ごせるといいですね。時は日々遷ろう旅人・・・、だからこそ、しっかりと心に刻んでください。寒いから、風邪だけは気をつけてね!  

こんばんわ☆

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月24日(火)21時16分46秒
返信・引用
  土日、無事外泊できました(^-^)家にいる間、驚くほど元気で調子も良さそうでした。なんと本人の強い希望と腹水もある程度抜けてモルヒネも効きがよく容体が安定しているので退院することになりました(^-^)嬉しい半面、自宅で急変してしまったら…と不安にもなります。でも嬉しそうな父の顔を見ると良かったなぁ。って思います。あとどの位この良い状態がつづくか分かりませんが、思う存分、父と楽しい時間を過ごしたいと思います(^-^)  

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月20日(金)08時37分32秒
返信・引用
  風が凄かったですもんねぇ!そんな中、途方にくれてる人を、無言で支えてくれる人・・・。こんな世の中、みな自分のことだけしか考えてないのかぁと思うこともしばしばですが、温かい心に触れると、ほんと涙がこぼれますよね。人は悲しみの中から、ほんとうの優しさを知るというけど、本当ですね。今度は、ゆなさんが、どんな些細なことでも、ちょっとした温かさを誰かに分けてあげられるといいですね!(^^)!  

こんばんは

 投稿者:ゆな  投稿日:2006年 1月20日(金)00時04分5秒
返信・引用
  今日は暴風の中用があり子供を自転車の前後に乗せ外出しました。用を済ませいざ駐輪場に戻ると自転車の列はみごとに倒れていて何度チャレンジしても自分だけでは起こせませんでした。・・・でも困り果てていたら無言で自転車を男性が起こしてくれて無言で立ち去りました。涙が出るほど嬉しかった(喜びすぎ?)。父の最期の言葉は「みんなと仲良くやってくれ」でした。とがった性格の私を心配したのかわかりませんがこれにはいろいろな意味が含まれていると私は受け取りました。だからてつさんの「先に逝く人からの、大きな大切な贈り物」・・・闘病中から今まで沢山の贈り物を父からされた気がします。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月19日(木)11時55分11秒
返信・引用
  病の床につく人にとって、今日をどう生きるかと言うことがとても大きなことです。なかなか明日を考えることは難しい、状態が重篤であればあるほど。妻は「このまま明日、目が覚めなければいいのに・・・」と言っていました。そんな中で、一時退院して、慣れ親しんだ家で、楽しい時間を過ごせると言う喜びは、どんな抗がん剤や施術よりも、大きな力となってるんでしょうね。33周年の次は35周年の珊瑚婚式!もっと大きな希望を持って欲しいですね!!  

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月19日(木)00時01分12秒
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  こんばんわ。六角橋大変でしたね。実は結構近くです。           今日は、ベットから起き上がるのも辛かった父が座ってオニギリや果物を食べました。入院してから今日でちょうど1週間。痩せてきてはいますが入院初日よりは元気に見えました。  ちなみに今回の結婚記念日で33周年らしいです(^-^)  

マグノリアの花たち

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月18日(水)22時10分13秒
返信・引用
  BSで、「マグノリアの花たち」をやってました。ずっと昔に、しいちゃんと観た。でも「悲しいのはキラい」っていって最後まで観なかった・・・。今日、ひとりで最後まで観たよ。「命はこうやって、ずっと受け継がれていく・・・」ということがテーマだったんだね。「娘さんは、守護天使になって青空のかなたで、私たちを見守ってくれる、そう祈りましょう」「祈りたいわ。でも私は、娘を生きて返して欲しいだけ」を叫ぶ母親の涙には、泣けた。でも、失うんじゃない、ちょっとの間離れ離れになるだけ。また会えるんだもんね。とても良質な作品でした。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月17日(火)18時59分52秒
返信・引用
  今日は、スピード違反講習で、六角橋までいって缶詰になってました(^_^;)
しばらく使わない脳みそつかったもんで、頭痛が痛いです"^_^"
良かったですね!結婚記念日を自宅で祝えるなんて、きっとなにより
お二人は嬉しいでしょうね。何年になるんでしょうかね?うちは25周年を
最後のベッドで迎えました。もう今年は30周年になることになるのかな・・・。
長けりゃいいってもんじゃないけど、それなりの歴史がありますもんね。
楽しいと時をすごせますよう!(^^)!
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月17日(火)00時01分6秒
返信・引用
  こんばんわ。なんと父に外泊許可がおりました!明日にでも帰りたいトコですが父の希望(働いてる母を気遣って)で土曜日に帰るつもりみたいです。今日も腹水を1700抜いたし(予定では昨日までのハズだったのに)相変わらず弱った状態ですが絶望の中に光を見つけた気分です。ちょうど20日は父と母の結婚記念日。このまま安定してれば祝えそうです♪  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月15日(日)09時23分2秒
返信・引用
  昨夜は、夜から座間地方は大雨になりましたが、気温はあがらず。今朝は朝から、お日様満開です。たまった洗濯物やら、わんこを風呂に入れたりとおお急がしです。
落ち着いてらっしゃるようで、ひと安心ですね。こうして一日一日を積み重ねていく。その中には、喜びも不安も落胆もさまざま入り混じってるでしょうけど、一日の終わりが、いつも笑顔であるといいですね。もし、辛い一日であっても、明日はまた笑顔の一日だと信じて!
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月15日(日)00時35分25秒
返信・引用
  こんばんわ。てつさんのかけてくれる優しい言葉が今とても支えになってます。ほんとに感謝です☆今日の横浜はすごい雨でした。そんな中、近隣の県に住む親戚が見舞いに来てくれて父も嬉しそうでした。今日もオニギリ食べたし(^-^)オシッコの量が少ないのが気になりますが……今日も良い1日でした。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月14日(土)08時17分22秒
返信・引用
  おはようございますです。朝から雨の予報がはずれて、曇天です。
昨日は、「嬉しい一日」だったとのこと。聞くだけで、こちらの心も温かくなります!手肌の潤い、何気ない会話・・・、そういうことが、この上なく幸せなことだということに、気づけるのなんて素敵なことですよ。多分、こういう状況にならなければ、一生気づかなかったことかもしれないですね。闘病が長くなると、ほんといろんなことを再認識させられます。ある意味、生きてくことの価値観までも変えてしまうほど・・・。それが、先に逝く人からの、大きな大切な贈り物なのかもしれません。そして、それに気づく心を持っているひかるさんは、◎です。どうか、押しつぶされそうな日常の中でも、その優しい心を大切にしてくださいね。今日もいい一日であることを祈ってます。!(^^)!
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月14日(土)00時03分26秒
返信・引用
  こんばんわ☆ここに来て、てつさんの書き込みを見るとなんだかホッとします。優しいお言葉ありがとうございます。今日も昨日同様1500の水抜きと小さめのオニギリを昼と夕方1つずつ食べてくれました!数日前までカサカサだった父の手が少し潤ってきたり楽しく会話できたりと、今日は嬉しい1日でした。最期は必ずくるけど、その瞬間までは今日みたいに過ごせるといいな(^-^)  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月13日(金)08時45分6秒
返信・引用
  おはようございます。昨日とはうって変わり朝からどんより曇ってます。おにぎり食べられたのですね!(^^)!良かった!食べることができるのは、とってもいいことです。
いつか別れがくる・・・とわかっていても、やっぱり不安や怖れが一人になると押し寄せてきますよね。私もそうでした。出口のない深くて暗い穴の底に閉じ込められたようね、焦りとも不安ともなんともいえないあの感情はいまだに残ってます。あの最後の一週間は、私の人生を家族を大きく変えてしまいました。眠るようにといっても難しいのはよくわかってますが、それでも、眠れるときは眠りましょう、少しでも。体を大事にしてくださいね。
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月13日(金)00時18分25秒
返信・引用
  返答ありがとうございます。今日も1400水を抜いたみたいです。小さめのオニギリを作っていったら、おいしそうに食べてくれました。医者の話だと2、3日でいく人もいれば2週間頑張る人もいる、とのこと。モルヒネの副作用は、よく眠る以外目立ったものはなく、確かにトイレも行けないほど弱ってはいるけど、普通に話せて笑ってるのに。分かってるつもりでも夜になると色んな気持ちや不安が押さえ切れなくなって眠れません。  

闘病記

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月12日(木)22時55分0秒
返信・引用
  妻が亡くなった時にに読んだ本が、どうしても見つからず諦めていたところ、市立図書館の地下倉庫にありました。長尾宜子さんの「燃えるがごとく 癌細胞を焼きつくす」。彼女は武蔵野美術大学を出て、建築家の道を歩み、ラフォーレ原宿、六本木アークヒルズやホテル日航東京などを次々にカタチにしてきました。しかし、その間3年間に7回もの手術をする壮絶な癌との闘いに日々でした。八回目の手術を前に本は終わっています。
「この上は 燃えるがごとき 恋をして 癌細胞を 焼き尽くしたし」
「行く夏を 惜しんで咲くは 昼下がり しがみつきたる 朝顔の花」
「下痢吐き気 つらいよつらい 死にたいと だだをこねては 小さなレジスタンス」
「眠れなき 夜のしじまに さえざえと 過ぎ去りし日々 短きときよ」
「火の鳥よ 炎の中で 蘇れ たぎる思いの 身を焦がしても」

術後5年を直前にして、8回目の手術に臨む決意を語り筆を置いています。バトンを握り締め必死で走ってるのか、バトンタッチをする相手をみつけたのか、わかりません。でも、彼女の生への執念と闘いはいまでも心に残っています。
 

↓謹賀新年

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月12日(木)12時14分54秒
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  お正月は、お宅で過ごされたのですね。やはり慣れ親しんだ我が家はお父さんにとっても格別のものだったと思います。腹水は急激に抜くと、栄養分まで出て行ってしまうので、辛いとこです。今日、鎌田實さんの「いのちの対話」を読みました。故・遠藤周作氏の最後の言葉で「一生懸命生きた人には、死は最後ではない・・」という言葉が胸に残ります。私の場合、妻の死が怖いというより、その先おこるであろう、一人に残される・・・ことが、たまらなく不安でした。でもそうの瞬間、妻は死までの最後の一秒まで懸命に生きていたんだなぁと、今になって思い知らされてます。どうぞ、お父様の手を握り続けて見守ってあげてください。それしかできないのは、とても無念なことですが・・。  

謹賀新年

 投稿者:ひかる  投稿日:2006年 1月12日(木)10時34分56秒
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  昨日父が腹水を抜くために入院しました。5日間、毎日1500ずつ抜いていくらしいです。担当医と話したんですが…ついにくるとこまで来たみたいです。痛みを取るためにモルヒネを使い病状は末期なので、急変することもあるらしく……父自身も問いただしてはこないものの、もぅ長くない事は感付いてるみたいで、やりきれない気持ちと、これから迎える最期の時を思うと怖くてたまりません。  

癌治療

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月 7日(土)22時41分10秒
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  5年前の今日、お通夜でした。「もう少し頑張っていれば、いい抗がん剤ができて、こんなに苦しくて吐かなくてもよくなるかもね」と笑いながら死んでいきました。今、NHKのガン治療特集を見て、「この国は、国連加盟だとかなんとか言ってるけど、あきらかに医療後進国だなぁ」と痛感します。医者から、「もう打つ手がない」と突き放され、自分でパソコンを購入hして、つたないキーさばきで情報を収集して、アメリカから40万もする日本では未承認の抗がん剤を手に入れ闘っている。奥さんは、朝5時から時給800円のパートで生活を支える毎日・・・。「金がないと長生きできないんですね」と自嘲するしかない、この実態は、5年間前と少しも進んでないんじゃないでしょうか。根本的な癌登録システムさえ、統一されたものがないという現状は、目を覆うばかり。なぜ、アメリカで効果が認められた新薬が、この国では認められないのか?時間がかかるのか?製薬企業との政府の関係とか、日本的な風土も影響してるんでしょうね。人の命を大切にしない国に、どうして愛国心が持てるのか改めて考えさせられる。きっと、天国のしいちゃんも、苦笑してるだろうね。  

↓樹里亜さん

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月 2日(月)23時39分41秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。そうですね、一年があっというまに過ぎていくのは、やはりそういう年代になってきたということなのでしょうか?若い頃は、もっと時間が無限にあったような気がします。以前ドラマで「5年生存率・・・」というドラマをやってましたね。その5年目、無事にクリアされることを遠く神奈川の地から祈ってます。このサイトを立ち上げたのが、妻が亡くなった年ですから、もうすぐ満5年になります。その間、いろいろな方の苦しみ・不安・喜び・悩み・・・に触れることで、私自身随分と癒されてきました。一人ではないということを実感させてもらいました。男は会社社会からはずれすと、地域社会にもなじめず悶々とするばかり・・。そんな中で、この掲示板には本当にチカラをいただきました。途中で一度PCがクラッシュしてしまい、お名前が消えてしまったのは本当に悔やまれますが、みなさん、どういう新年を迎えられたのか、お元気で過ごしておられるのか、気になります。いまだに、必死で闘ってPCにも向かえない方もいらっしゃるのではと思います。そんな皆さんにも、樹里亜さんの元気パワーを分けていただければと思います。でも、癌は決して侮らないでくださいね。細心の注意を払ってKOしてしまいましょう!!2006年が素晴らしい輝きに満ちた年でありますよう・・・。  

新年 おめでとうございます。

 投稿者:樹里亜  投稿日:2006年 1月 2日(月)23時13分49秒
返信・引用
  新年おめでとうございます。
お元気で良いお年をお迎えのようですね。
福岡は穏やかな年明けで 初日の出も素晴らしかったようです。

今日は奥様の6回目の命日でしたね。
思えば昨年の今日 偶然にこちらにお邪魔させていただいて・・・・
奥様思いの優しいてつさんのHPのファンになり 元気を頂いてあっというまに1年が過ぎました。
私もお蔭様で無事に術後5年目に突入して 元気に前向きに生活しています。
今日は義父母の住む熊本に行って良い嫁を演じてきました。
帰りは20キロの渋滞に巻き込まれ疲れましたが・・・。

今年もてつさんにとって 心穏やかな1年でありますようお祈りしています。
決して無理はされませんよう ご自愛下さいね。
 

↓新年

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月 2日(月)23時08分10秒
返信・引用
  新年おめでとうございます、ゆなさん。
すごいですね!大吉ファミリーオンパレード!!
とどめに、是非厄払いして、満願といきたいですね。厄って、ありますよね。
きっと医学的にも体のバランスが微妙に崩れる頃なのかも。
今年が、ご家族みなさまにとって素晴らしい年でありますよう!!
 

新年

 投稿者:ゆな  投稿日:2006年 1月 2日(月)23時00分8秒
返信・引用
  明けましておめでとうございます。私も元旦におみくじを・・・私は中吉で主人は大吉、退院できた娘は吉で母は小吉でなんだかとても嬉しくなりました。あとは念のため?私の厄払い(厄年なので)をしようと。皆様も良い年になりますように。  

↓新年

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月 2日(月)20時52分51秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。新年早々、こいつぁ春から縁起がいいわい!!ですね♪♪関東地方は、まだ初日の出出てないのですが、宮崎では見られたのでしょうかね!(^^)!今年はよい年でありますよう!!  

新年

 投稿者:マツ  投稿日:2006年 1月 2日(月)12時47分29秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます!
昨日宮崎まで初詣に行って来ましたが、おみくじ私も「大吉」でした♪
「失物…出ず 遅ければなし」って書いてあったので、捜し物が見つかるかどうかちょっと不安…。でも願望は叶うようなので、希望を持っていこうと思います。
てつさんにとっても、私にとっても、皆様にとっても実りある一年でありますように!
 

謹賀新年

 投稿者:てつ  投稿日:2006年 1月 1日(日)10時35分25秒
返信・引用
  今年もよろしくお願いします。
神奈川は、曇天で初日の出はまだです。朝、初詣にいってきて、「大吉」を引き当てましたぁ。皆さんにも、おすそ分け!今年は、それぞれの胸に秘めた「願い」が叶うとしであるよう、お祈りしてます。
 

↓一年を振り返って

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月30日(金)16時20分23秒
返信・引用
  大変な一年でしたね、マツさん。これからも山あり谷ありだと思いますが、何万光年の星の光にくらべれば、人間の一生なんて、あっという瞬きの一瞬・・。そう考えて、いい意味でケ・セ・ラ・セラでゆっくり歩いていきましょう。
叔母様の強い意志があれば、さがし物もきっと見つかりますよ!
よいお年をお迎えください!(^^)!
 

一年を振り返って

 投稿者:マツ  投稿日:2005年12月30日(金)14時08分37秒
返信・引用
  叔母の胃癌が見つかり全摘出手術、それから死…。
個人的にも職場でのストレスや鬱など、決して明るい年ではなかったですが、
ここへ来て新しい繋がりができたことは、暗闇に射した一筋の光のような気がします。
救われた部分もいっぱいありますし…来年もどうぞよろしくお願いします。

元旦でちょうど4カ月になるんですが、遺言がどうしても出てきません。
伝えたい大切な言葉が綴られたものだし、祖父母のためにも見つけてあげたいのですが、
叔母の家といっても、やはり叔父の手前あまり念入りに家中を探すのも気が引けるし…。
でも、来年こそは見つけてあげたいと思います。

では、よいお年を*.・。`(●´▽`●)・*.。・
 

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月30日(金)08時27分47秒
返信・引用
  本当に年末も押し迫ってきましたね。一人の大掃除はなかなか辛いものがあります(^_^;)お父様も必死で闘ってらっしゃるようですね。できれば、実家でお正月迎えられたらよかったけど、横浜→新潟はかなり強行軍ですものね。私も年明け、保土ヶ谷の方まででかけます。暮れにネズミ捕りに捕まってしまいまして(^_^;)まあ、危ないよ・・とい天国からのサインだったかなと思うことにしてますけど。明日は何があるか、わからない。今日をいまこの時間を大切精一杯過ごしていきましょう。温かなお正月でありますことを心から願ってます。来年もよろしく!  

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月30日(金)08時18分20秒
返信・引用
  検査何事も無くてよかったですね!安心しました。やはりストレスからきたんでしょうね。お嬢ちゃんは、大丈夫でしょうか?元気でお正月を迎えられるといいですね。喜びも悲しみも人生半々といいますから、きっと来年は、嬉しいことが待ってますよ!お父様が微笑むような和やかな新年をお迎えくださいね。こちらこそ、来年もよろしく!  

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年12月29日(木)23時51分44秒
返信・引用
  今年も残りわずかですね。父は日に日に体調が悪くなって正月に予定してた旅行も主治医はGOサインを出してくれたんですが、移動が辛い(横浜から新潟)と言ってキャンセルしました。腹水も相変わらずで利尿剤はそこそこの効きめしかないみたいです。痛み止め飲む間隔も狭まってきたし…そろそろ、ある程度の覚悟はしておかなくては。暗くなってしまいましたが、今は父と一緒に年を越せることを素直に喜ぼうと思います。今年はお世話になりました。よいお年を。来年もよろしくお願いします。  

今年もあとすこしですね

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年12月29日(木)22時25分34秒
返信・引用
  昨年末からあっという間に時間が過ぎ気がつけば今年もあと少し。。。私の検査は異常も無く「もう何もおこりませんように」とほっとしたのもつかの間、娘が緊急入院・・・。本当にいろいろな出来事がかんべんして〜ってぐらいにまとめて来た年でした。来年は亡くなった父が空からほっとするらいの穏やかな年にしたいものです。てつさんありがとうございました。来年もよろしく(ちょっと早いかな)お願いします。  

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月24日(土)16時31分58秒
返信・引用
  合同誕生会、よかったですね!きっとお父様にとっても、感慨深い誕生日だったのではないでしょうか。昨日、大島渚・小山明子夫妻のTVを見ました。あの強烈な個性をふりまいていた大島渚氏からは、程遠い姿に、人生を考えさせられました。幸せってなんでしょうね。明子夫人が言ってました。「生きていくうえで、一番大切なことは、希望持つこと」10年間の壮絶な介護を支えたのは、愛と希望だったんでしょうね。
厳しい寒さが続きますが、お父様はもちろん、皆様も十分体調管理してくださいね。
 

てつさん

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年12月23日(金)23時48分38秒
返信・引用
  返答ありがとうございます。今日、父(55)と私の息子(2)の合同誕生会をやりました。(本当は2人共明日が誕生日なんだけど)知人も来てくれて賑やかな会になって父も嬉しそうで…私も嬉しいはずなのに来年のこの日を考えると悲しくなってしまい帰ってきてから久しぶりに泣いてしまいました。  腹水が増えてきて、かなり苦しそうです。利尿剤はもぅ飲んでるので、よっぽどなら針をさして抜くみたいです。覚悟はできてるはずなのに、入院したら帰ってこれないかもしれない。と思うと、やりきれません。  

(無題)

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月17日(土)22時21分46秒
返信・引用
  心からお悔やみ申し上げます。
そして、ゆうさんが永遠の安らぎに導かれることを
衷心よりお祈り申し上げます。
 

(無題)

 投稿者:とも  投稿日:2005年12月17日(土)20時33分56秒
返信・引用
  本日、大切な人が旅立ちました。もう苦しまなくていいと思うと…
でも、27歳になったばかりなのに…なんで…早すぎるよ。。。
クリスマスは彼女と行く予定だった横浜に行って来ようと思う。
まだ、メールばかり眺めてる。なんか返事がくるような気がして…
ゆうちゃん 安らかにね。
 

↓ひかるさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月17日(土)13時35分28秒
返信・引用
  ご心痛お察しします。モルヒネはたしかに意識障害を伴います。人格さえ変えてしまう場合も。それでも上手にコントロールすれば、痛みを抑え、よいQPLを提供してくれます。もしかしたら、その作られた時間は、本人にとっては痛みも苦しみもない幸せの時間なのかもしれません。そう思うしかまわりの人間にはできません・・・。
幸せになるとか不幸になるとか、早く死ぬとか長生きするとか、そういうことはほとんど関係ないのかもしれません。短くても豊かに育ついにちもあれば、長生きしても小さな花ひとつさかないいのちもあります。 「私という運命について・・・白石一文」
やさしくお父様に寄り添ってあげてください
 

医療用麻薬

 投稿者:ひかる  投稿日:2005年12月17日(土)00時15分58秒
返信・引用
  今日CTを撮って父とは別で話を聞きに行きました。腹水がだいぶ増えてきたみたいです。痛み止めも効きが悪くなってきてるので、そろそろ医療用麻薬を使うそうです。痛みが少しでもなくなるなら、とは思いますが正直やっぱり副作用が心配です。  

なんなんでしょう

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月16日(金)23時09分14秒
返信・引用
  CXが放送した、本田美奈子.さんの最後のドキュメント・・・。マスコミというのは、人の死までエンタテイメントにしちゃうんでしょうか?同じシーンをこれでもかという位、何度も何度も繰り返しつなぎ合わせて、まるでバラエティ番組つくってるのと同じ。マスコミの良心なんてないんでしょうね、きっと。美奈子さんの真摯な姿勢に対して、あんな番組を作って恥ずかしくないのだろうか・・。そろそろマスコミの思い上がりは、やめにして欲しいものです。  

(無題)

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月12日(月)19時09分41秒
返信・引用
  掲示板アラシはやめましょう。良心の問題です。  

↓樹里亜さん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月 9日(金)23時08分27秒
返信・引用
  なんもなんも、つまらんもんですが、ご笑納ください。癌検診4年目クリア、よかったですね!(^^)!3ニャンコや素敵なご家族に囲まれて、免疫パワーアップで、5年目も邁進してください!PCが突然、昇天してしまって、代わりのPCで復旧作業が大変ですが、クリスマスVr.はなんとか間にあったようです(^_^;)  

樹里亜 感激!

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年12月 9日(金)22時57分29秒
返信・引用
  てつさん 今日は10万ヒットキリ番記念品を送っていただいて ありがとうございました。
冗談で催促したつもりだったのに あんなに素敵な記念品をいただいて感激とともに恐縮しています。
早速我が家の猫グッズ置き場の特等席に 飾らせていただきました。
てつさん家の3にゃんこ&3わんこは元気ですか?
寒くなったので朝夕のわんこの散歩も大変ですね。
我が家の3にゃんこは 相変わらず運動会の毎日ですぅ!

もうちょっとで また奥様の命日がきますね。
「スキルス胃がんの特効薬」が早くできることを私も説に願っています。
キリ番記念品が届いた今日同じ日に 偶然にも先日受けた4年検診クリアの手紙が病院より届きました。
5年目に突入して これでまた安心して 1年が過ごせそうです。
寒くなりましたので てつさんも風邪などひかれませんようご自愛くださいませ。

トップがクリスマスの雪バージョンに変わったんですね。
とっても素敵ですよ。
 

↓年の瀬ですね

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月 4日(日)20時35分3秒
返信・引用
  こんばんわ、マツさん。神奈川は今日は6度、寒い一日でした。100ケ日、早いもんですね、過ぎてしまえば・・・。長崎の同級生の女の子にお嬢ちゃんを奪われた、支局長のお父さんがいらっしゃいましたよね。体も心も引きちぎられるような悲しみだったと思いますが、歌手のクミコさんが、その気持ちを歌にしています。「私は青空」。祈りの言葉にほどけて溶けてく、私は青空、ここから、あなたを見ている・・。1000の風の中でも、青空になって、自由に飛びまわる魂を詠ってますよね。冷たい土の中より、青空の中の方が、絶対いいですよね!
胃は怖いですから、早めに診てもらったほうがいいですね。できれば、胃カメラをして。今は、全身麻酔をかけて、胃カメラするようなので眠ってる間に終わりますよ!(^^)!
体も新年を迎える準備をしときましょう(^^ゞ
 

年の瀬ですね

 投稿者:マツ  投稿日:2005年12月 4日(日)19時35分23秒
返信・引用
  今年も残り少なくなってきましたね、早いものです。
私、忙しい時期にかぎって体調を崩すんですよ…最近ずっと胃が痛くて痛くて。
元気で新年を迎えたいから、今のうちに病院で診てもらおうかと思っています。
急に寒気が強まってきたから、てつさんも体にはお気を付けて。

ところで、今日は百か日でした。あれからもう3ヶ月以上経ったんだ…というのが素直な気持ちですね。見送った時はあんなに暑かったのに、今はもうこんなに冷え込んでしまって…時の流れは早いものです。でも、すごく天気のいい日に旅立ったので、天気のいい日は何となく空を見上げて考えてしまいます。会えなくなった人は空にいると感じるんですよね。
 

↓ゆなさん

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月 3日(土)08時32分33秒
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  おはようございます。49日までお骨が傍にあると、なんかまだそこにいるような感覚がありますが、納骨を済ますと、どこか寂しさもありますよね。時間は、ほんとに「日薬」です。残された人は、思い出に浸ると同時に、自分の人生、子供たちへの責任を背負っていかねばならないのだから・・・。多分、49日というのは、「そろそろ気持ちを次のステップへ向けない」という教えなんでしょうね。体に変調があるとのこと、心配ですね。お父上が亡くなられてから、いろいろ精神的にも肉体的にも疲れが重なり、悲鳴をあげてるのでは・・・。是非、早めに検査を受けられたほうがいいですね。今年も、残りを数えるような時期になってきました。ご家庭のある方は、何かと気ぜわしい毎日かと思いますが、ご自愛じてくださいね。  

亡くなった事を感じた

 投稿者:ゆな  投稿日:2005年12月 2日(金)23時39分44秒
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  てつさんこんばんは。父の納骨が終わりなんだかほっとしたような・・・でも亡くなった事を少し実感させられました。幼い頃から離婚ととなり合わせな状態の家庭で育ったのに今では不思議なもので楽しい場面しか浮かばないものですね。時間っていろいろ気持ちも事も変えるものなのかな?変わるとしたら現実的には「スキルス癌の特効薬」ができるといいな。・・・最近(話しが変わりますが)下腹部が痛く今度大腸内視鏡検査を受けることになりました。まだまだ子供も小さいし元気でいたいからがんばらなきゃ。てつさんも皆様もこの季節体調を崩されませんように。  

樹里亜さん↓

 投稿者:てつ  投稿日:2005年12月 2日(金)19時34分22秒
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  あらっ、まぁ〜!不思議な縁ですね。1月2日に訪問いただいてから、10万ヒット目の今日は、月命日でした。ろくに更新もしてないのに、多くの方々に来ていただき、ただただ恐縮、感謝です!!正月2日で亡くなってから丸5年が過ぎたことになります。こんな重い内容のサイトが、こうして続いていることに、複雑な思いがあります。5年たっても、妻が夢見てた「スキルス癌の特効薬」はまだ登場してません。スキルスに打ち勝てる日が来たら、そっとサイトを閉じようかななんて思ってます。それまでは、続けていきたい・・・なんて、思ってます。来年こそは、内容も少し更新しないと・・・。今後ともよろしくお願いします。キリ番記念品、なんか考えときまぁ〜す!★(^^♪  

祝 10万ヒット

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年12月 2日(金)18時41分16秒
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  ご無沙汰していますが お元気ですか〜?
たった今お邪魔したら 10万ヒット キリ番踏んじゃいました〜〜〜〜〜〜〜!
密かに狙ってはいたのですが・・・。
まさか まさか???
ネットサーフィン歴4年目にして 初めての経験です。
思えば今年の1月2日 奥様の命日に初めてお邪魔させていただいて・・・。
優しいてつさんのHPのファンの一人として キリ番ゲットはとっても嬉しいです。(笑)
記念の品でもいただけたら なお嬉しいけれど・・・。(爆)

サイト運営は色々ご苦労もおありでしょうが 多くの方がてつさんから元気をいただいていらっしゃるはずですので これからも20万ヒット目指してHPの更新頑張って下さいね。

ちなみに私事ですが 昨日4年検診を1日がかりで受けてきました。
12月4日で 術後4年たち 5年目に突入します。
 

↓お久しぶりです

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月23日(水)19時43分35秒
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  確かに、日薬は悲しみを癒してくれますが、元の状態に回復することがないのが、喪失の一番辛いところですよ。何をどうしても、割れてしまった花瓶のように、決して元の姿に戻ることはあり得ないわけですから・・・。それでも、寄せては返す波のように、悲しみは、日一日と色を変えていっています。やがては、薄紙をはがす様に、少しずつ少しずつ癒されてくるのでは。旅行行かれたんですね(^_^)「きれいだね」「美味しいね」そういった感動を、当たり前のように分かち合えない・・。でも、先に逝った人は自由に時空を翔びまわれるのだから、一緒に秋の広島の景色を満喫されてると思いますよ、マツさんが「あぁ、見せたいなぁ」と思うだけでね。
今年は、久しぶりにX'masイルミを庭に飾りました。これも、日薬ですよね(^^ゞ見せてあげたいと思う気持ちです。これからの、クリスマス、大晦日、お正月・・・と続く世間の人の恒例行事は、正直、辛いですよね。うちなんか、正月の2日に亡くなったわけですから、テレビで「めでたい、めでたい」と連呼してるのがたまりませんでした。かといって
、外に出れば、楽しそうな家族連れ・・・。今思うと、地獄の毎日でしたね(^^ゞそんな時に、体調崩すとますます落ち込みますから、お互い、健康には気をつけましょう!!
 

お久しぶりです

 投稿者:マツ  投稿日:2005年11月20日(日)23時39分55秒
返信・引用
  周りの人は「日にち薬が悲しみを癒やしてくれるよ」って励ましてくれるけど、なかなかそうはいきませんね…。
もう居ないことは分かってるのに、やっぱり悲しい。寂しい。会いたい。
先日、広島まで家族旅行して来ました。叔母のお骨を入れたペンダントをして、写真を持って…。
隣で同じ景色を見れないのは悲しいけど、違う空の下、元気でいてくれればいいなと思います。

寒くなってきたし、クリスマスのイルミネーションで輝く街を歩くのは、独り身にはちょっとつらいけれど…体調を崩さないように、お互い気をつけていきましょうね。
 

リリー・フランキー「東京タワー」より

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月12日(土)20時32分6秒
返信・引用
  自分の人生の予測できる、未来と過去の分量。未来の方が自分の人生にとって重たい人種と、もはや過ぎ去ったことの方が重たい人種と。その二種類の人種がたとえ、同じ環境で、同じ想いを抱えていても、そこには明らかに違う時間が流れ、違う考えが生まれる。

子供の一日、一年は濃密だ。〜略〜。過ぎたるは残酷なまでに切り捨て、日々訪れる輝きや変化に、節操がないほど勇気を持って進み、変わってゆく。
「なんとなく」時が過ぎることは彼らにない。

大人の一日、一年は淡白である。〜略〜。順応性は低く、振り返りながら、過去を捨てきれず、輝きを見出す瞳は曇り、変化は好まず、立ち止まり、変わり映えがない。
「ただ、「なんとなく」時が過ぎてゆく。

いつの頃が、この人生のターニングポイントだったのだろうか。そして、子供の中にも大人は存在し、大人の中にも子供は存在する。あなたは、今、どのあたりですか?
 

↓生きると言うこと

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月 7日(月)23時18分48秒
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  May you rest in peace, I will always always remember you....。親友 早見 優の別れの言葉です。生きたかったことでしょうね。「1リットルの涙」・・・、私は、本を読む気にはなれなかったんですが、偶然TVで、主人公を演じる沢尻エリカを見ました。「何故、神様は私を選んだの・・・」彼女の台詞は、言霊のように重く重く胸に沁みました。父・兄を相次いで亡くした想いが。演技を超えて、彼女の口から発せられたんでしょう。言葉も聞き取りづらく稚拙な演技かもしれないけど、間違いなく魂を持った言葉でした。おなじような思いで、逝かざるを得ない人たちを想うと、今、生きてるということを、改めて考えさせられますよね。残された者の思いは「生きることは無意味だが、死ぬのも面倒だ。自分には思いでも消え去ってしまい、輝かしい希望もない。過去も未来もなく、ただ現在が耐え難いのだ・・・」ラストワルツの中の一節です。自分の心の奥を赤裸々に抉り出された感じがしました。この相反する思いの中で、生きていくということは、辛い。でも、過去を消すことはできないし、まして戻ったりやり直したりすることも、叶わない。それならば、生かされた命を、まっとうすることがで、逝ってしまった人の思いを、心に留める・・。それしかない気がします・・・。  

生きると言うこと

 投稿者:ビタミン  投稿日:2005年11月 7日(月)22時27分57秒
返信・引用
  本田美奈子さん、ファンと言うわけではないけど、アイドルに留まらず、一生懸命努力してチャレンジしている姿に感動をしたものです。医療用の手袋で畑仕事をして野菜を作っているとガーデニングの本で紹介されていたこともありました。

何気なく[1リットルの涙]を読みました。この上なく絶望するはずなのに明るい文体に返って泣かされました。映画もドラマも切な過ぎてみる気になれません。

なんだか毎日が不安でさびしくて、両親達を見ていると長生きも辛そう。
でも生きていたかったのに逝かなければならなかった人達を考えると、今生きていると言うことを大事にしなければと痛感します。
 

悲しいですね。

 投稿者:樹里亜  投稿日:2005年11月 6日(日)20時49分43秒
返信・引用
  夕方訃報を知りました。
美奈子ちゃんのファンのてつさんが さぞ悲しみにくれていることと心配していました。

夏ぐらいでしたか・・・。
TVに出演されていたので 回復に向っているとばかり思っていましたのに・・・。
残念ですね。
ご冥福をお祈りします。合掌
 

本田美奈子ちゃん、逝く

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月 6日(日)19時14分49秒
返信・引用
  ファンの皆様、報道者各位の方々へ

平成17年11月6日

本田美奈子.(本名:工藤美奈子)が急性骨髄白血病と宣告され、10ヵ月の闘病生活を送っていましたが、11月6日午前4時38分に永眠いたしましたことをご報告申し上げます。

平成17年1月12日に入院、3度の化学療法の治療と5月12日の造血管細胞移植(臍帯血移植)で7月30日に一時退院、7月31日に自宅で誕生日を迎え、とても幸せな日々でしたが8月24日の定期検診で骨髄移植を行い、8月31日の検査結果にて染色体に異常が発見され、9月7日に再び入院、検査結果で再発が判明、9月24日アメリカから到着した新薬の抗がん剤を投与し、結果が良好とのことで10月に2度の帰宅が出来、食欲も旺盛で本人は大変喜んでおりました。10月21日の骨髄検査で再び染色体の異常が発見され治療を開始、大変な時を過ごし、明日は治るという希望のもと勇気ある戦いをしていましたが残念なことに本日、急性骨髄白血病のため永眠いたしました。

本田美奈子.の生前、本当にいろいろなご支援ご協力をいただきましたことを深く感謝いたします。

若すぎるとしか、言いようない最期。一時は、抗がん剤により、5%未満までがん細胞が減ったそうだけど、再発の繰り返しだったらしいです。でも、最後まで、彼女は、明日を諦めなかったという。これからは、大好きな歌を、思う存分歌える・・・。ご冥福を祈ります。
              合 掌
 

↓マツさんへ

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月 4日(金)21時24分28秒
返信・引用
  こんばんわ、マツさん。夢は時に残酷ですね。思いもかけないときに、ふいに現れる。手を伸ばせば、ぱっと眼が覚めてしまう・・。あぁ・・・夢か・・・、という落胆。何度も経験したけど、忘れた頃に突然またやってくる。でも、それだけ、まだ心配してるんでしょうね、きっと。日々を大切に生きなさい・・・ってね。
四十九日の後は、一周忌、そして三回忌・・・とあっというまに過ぎていきます。そしてこの二年の時の流れが、薄紙を剥ぐように、悲しみを少しずつ和らげてくれるみたいですね。この時期、気力が落ちると、病気に付け込まれます。ほんと、寒い時はぬくぬくして、暖かくしてくださいね。もうすぐ、ジングルベルが街に鳴り響く季節・・・。なんかもの哀しいですけどね。(^^♪
 

早いもので

 投稿者:マツ  投稿日:2005年11月 3日(木)22時54分44秒
返信・引用
  叔母と別れて2ヶ月が過ぎました…。
今朝、叔母の悲しい夢を見てしまってちょっと辛くなって落ち込み気味です。
でも今は叔母は安らかなんでしょう。
むしろ生きてる方がいろんな辛いことを経験することになりますし。
でも生かされてるんだから大事に生きないと、って思います。

11月に入り寒さが厳しくなってきましたね。
四十九日と納骨が終わり、ちょっと落ち着いたなって思っていたんですが、
気が抜けてしまったようでさっそく風邪気味…。
1人暮らしなので節約しがちだけど、やっぱり寒い時は我慢せず部屋を暖かくした方がいいですね(・_・;)
 

月命日

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月 2日(水)13時33分57秒
返信・引用
  今年もあと2ヶ月だよ。朝晩はすっかり冷え込むようになった。
しいちゃんが行った袋田の滝も、そろそろ紅葉が始まる頃かな。
風になっちゃったんだから、きっと自由に好きなところに飛んで
行けるんだろうね。

  ♪ひとりぽっちのあなたに 降りそそぐ愛の歌を
  愛し合うあなたに やるせない別れ歌を
  風の中のあなたに 打ち寄せる海の歌を
  海を渡るあなたに  果てしない空の歌を
  空を翔ぶあなたに  熱い涙の歌を

  雨になったあなたに  柔らかな土の歌を
  土の上で眠るあなたに 透きとおった朝の歌を
  草原を走るあなたに  春を待つ花の歌を
  花になったあなたに  ひとりぽっちの私を・・・

           加藤登紀子「愛の歌を」より
 

↓散骨

 投稿者:てつ  投稿日:2005年11月 1日(火)18時19分5秒
返信・引用
  ビタミンさん、こんばんわ。
すっかり秋の気配ですね。もうすぐ冬の足音も聞えてきそうな朝晩の冷え込みです。
確かに、訪れる人の絶えたような荒れ果てたお墓は、侘しいものがありますね。少子化、核家族の現代では、お墓そのものの在り方も、変わってくるんでしょうね。やっぱり、お墓は残された者のためにあるのでは・・・。逝く本人は、むしろ散骨でもしてもらって、ただ心の中に、覚えていてもらえば、それでいかなぁ・・なんて思います。沐浴して身を清め、仏壇に向かうのも、なかなかいいもんですよ(^_^)
 

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