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今日8月23日は、親父の14回目の命日です。思えばずいぶん暑いときに葬式だった。西日を浴びながら喪主の挨拶をやったのを思い出します。一人っ子なもんで、全部一人で切り盛りし、しかも初めてのことでてんやわんやだった・・・。父は脳梗塞で倒れ、数ヶ月の入院で回復したが、半身に重篤な麻痺が残りリハビリの毎日だった。腹違いの長男として、追われるように田舎を母と後にし、東京に出てトラックの運転手をしながら家計を支えた。父の汗にまみれた背中に背負われ銭湯へ通ったのをおぼろげに覚えてる。父の唯一の楽しみだったらしい。そんなに一人っ子である俺を寵愛したのに、俺は反発した、ずっと・・・。完全に父を理解できたのは亡くなってからかもしれない。腰の曲がった母が介護し、二人で家の周りの坂道をビッコひきながらいそいそと二人で歩いていたのが近所でも有名だった。そして、二度目の梗塞。夜病院へ駆けつると、もう父の意識はなかった・・・。そしてそのまま眠り続け半年、静かに息をひきとった・・・。母はベッドの下に布団を持ち込みずっと看病していた。父が逝ってしまった後、数ヵ月後に母が脳梗塞で倒れた・・・。母のことはまた後に書くが、彼女は意識はあったものの意識とは呼ぶべくもなく幼児返りしてしまった。父の一生とはなんだったのだろう。満足できたのだろうか・・・。父の残した想いは俺に引き継がれ、そして今度は、もうじき結婚する次男に引き継がれていく。こうして命のバトンがリレーされ人生の舞台が回っていくのだろう。言葉で表すでもなく、黙って生き様を背中を見せることで、生きることの意味が伝わってくれればそれでいい。泣きながら生まれて、最期は笑って死ねるのが理想だが、現実はなかなか難しいようだ。父さん、親不孝を許してくれとはいわないが、今なら父さんがどれほど愛してくれたか少しは理解できるような気がする・・・・。14回目の命日に、せめて言わせてもらうよ。「育ててくれてありがとう、父さんの想いは、もう子供たちに受け渡すよ、そして彼らも、いつの日か俺が妻が、どんなに彼らを心配し案じ愛したかわかってくれる日が来るだろう、そのとき、その想いを彼らの子供たちにリレーしていってくれれば、それで充分だと思う。親なんてそんなことしかできない。父さん、天国では楽にしているかい?母さんと仲良くやってるかい?10月には母さんの13回忌だから、一緒にやろうね・・・。
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